古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

岡吉枝(古賀好江)宛絵葉書 大正5年4月18日

   大正五年四月十八日(消印)〔東京〕 春江
     久留米市櫛原町一丁目 岡吉枝様

 あヽア 物憂い雨が降ります 薄暗い空からシヨボ/\と降ります 机の前の檜の葉が重々しく揺れております 私の生命を圧え付ける様に。都では至る所に花が咲いてゐます 人が出てゐます 劇場と活動小屋と これ等は人いきれで目が眩む程だと想像してゐます 帝劇の□□ネーにでもゆきたいと思つてゐます 身体のために少し位暖い日を出歩くのもいーでせう 放水路にもサツサとお出でなさいまし 「◯◯へ」とは何所へ? 昨日は上野へ行きました 旧の友に逢ひました。二三のみづゑは何所を探してもありませんから代りに文世の四月号を送つておきます 散文のカナリヤといふのを読んでごらん



底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版、1984年)p.291
  1. 2013/11/13(水) 00:57:39|
  2. 書簡
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松田實(諦晶)宛書簡 大正4年3月8日

   大正四年三月〔#「三」を四角の枠で囲む〕八日(消印) 〔長崎市〕立山町一〇 小川氏方〔#「小」を四角の枠で囲む〕 春江  〔絵葉書〕
     久留米市京町一丁目 国友様方 松田みのる様

 一、君果てし祐野が原に来て見れバ 萩の小袖に秋風ぞ吹く──
 みいしやん 大磯の虎が愛人《おもいもの》十郎祐成に扮したのは誰だとお思ひですか──六日の晩──その夜あの祐成に一言の言葉もかけ得ず帰つたのはシンから情なう厶《ござ》いました 帰りには雨が降つて泪を益せとシヨツポリ濡らしました こゝえ来てから一度も逢ひません

   〔絵葉書裏〕
 二、可愛想だと思つて下さい〔#「下」を四角の枠で囲む〕 いつそ逢はれないならあんなことを見せて呉れネばいーにと思ひます
 逢はれないについてはウント込み入つたことが出来ました
 みいしやん ひよつとしたらあなたのお力を借らねバなりません どうか一人の人間をお助けなすつて下さる様に幾重にも/\お願い申します お助け下さいま〔す〕か 七日夕



底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版、1984年)p.295
  1. 2013/11/13(水) 00:55:54|
  2. 書簡
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岡吉枝(古賀好江)宛絵葉書 大正4年12月14日

   大正四年十二月十四日 〔久留米〕春
     三井郡御井町 伊藤医院御内 岡吉枝様みもとえ

 また/\厭な天気になりました 俺はどう強いか見せてやる──こう自ら空元気を出して何物かにどなつても所詮は小さな私の心に帰るのです 眼に見えぬその何物かを慕つて実現と〔#「実」と「現」の間に漢文のレ点〕空間の細い/\一本道を辿るのが繊細い私の一生であつて見れば 如何に我世の旅路の淋しいことか 十五日もし雨でなかつたらおひるから参ります 一時半頃になるでせう 雨は降らなくとも今にも降り出しさうだつたら参りません これもいろ/\迷つた末ですよ さよなら



底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版、1984年)p.291
  1. 2013/06/13(木) 20:00:00|
  2. 書簡
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岡吉枝(古賀好江)宛絵葉書 大正4年12月8日

   大正四年十二月八日(消印)〔久留米〕春江
     〔久留米〕市外三井町 伊藤医院御内 岡吉枝様みもとえ

 YORU SITIJI       〔よるしちじ
NATUKA SIIZOYE     なつかしいぞゑ
YORU SITIJI──      よるしちじ──
 USAGI NO YŌ-       うさぎのよー
NA SIROTABI NO     な しろたびの
 SUSO NI MOTU-      すそにもつ
RETE MIYE KAKU-     れて みゑかく
RE──               れ──
 NAZEKA KOKO-       なぜかここ
RO NO OTITUKANU.   ろのおちつかぬ〕



底本:古賀春江文集『写実と空想』(1984年、中央公論美術出版)p.290
  1. 2012/08/23(木) 22:00:00|
  2. 書簡
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岡吉枝(古賀好江)宛絵葉書 大正4年11月25日

   大正四年十一月二十五日(消印)KURUME 春江
     三井郡御井町 伊藤医院御内 岡吉枝様

 私の嫌な雨が降ります 今頃の雨ハ心を落ち附ける〔#「附」に「ママ」の注記〕ものださうですけれど私のこゝろハ落ちつくのではなくて圧えつけられる様なものです 御機嫌如何? 私ハこんな風で悄げ返つてゐます けれどもスツカリは………雨でも晴れたら元気が出ると思ひます 兎に角悄げたり元気附いたりでハつまりません 本当の病気──もう直きだと思ひます 雨で枇杷の花が散ります


   〔絵葉書表〕

 MORO TOMONI   〔もろともに
 AWARE TO       あわれと
 OMOYE          おもゑ
 YAMA           やま
 ZAKURA         ざくら〕



底本:古賀春江文集『写実と空想』(1984年、中央公論美術出版)pp.289-290
  1. 2012/08/22(水) 23:00:00|
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岡吉枝(古賀好江)宛絵葉書 大正4年11月14日

   大正四年十一月十四日(消印)〔久留米〕春江
     〔久留米〕市櫛原町一丁目 岡吉枝様

 随分苦しい切ない日を送つてゐます 悪の華が大きな辨を心の一部に咲かせます ANATAの前に散らせねばなりませぬ 是非とも。苦しさの余りMにいつてMからカナリ手酷い忠告を受けました 色々な事をお話しせねバなりませぬ いやな気持で 然しこゝでお話しせなけれバお話し出来ぬ私であるなら もう駄目です ホントニツマラナイ悪党の私になるでせう 万事お目もじの上



底本:古賀春江文集『写実と空想』(1984年、中央公論美術出版)p.289
  1. 2012/08/20(月) 00:00:00|
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岡吉枝(古賀好江)宛絵葉書 大正4年10月6日

   大正四年十月六日(消印)〔久留米〕春
    (三)井郡御井町 伊藤医院内 岡吉枝様

 なみだなみだそはなにほどの
 あたひある
 こゝろみに世にながしても
           みよ



底本:古賀春江文集『写実と空想』(1984年、中央公論美術出版)p.288
  1. 2012/08/18(土) 00:00:00|
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岡吉枝(古賀好江)宛絵葉書 大正4年(月日不明)

   大正四年(消印)〔月日不明〕〔久留米〕はるえ
     〔久留米〕市櫛原町 岡よし枝様みもとえ

 先日は失礼致しました
 あの画があなたから褒められたものだからまたかきました どうぞまたほめて下さい こう雨が降りつゞいても困ります
 ぢやからとてカン/\照つても困ります 丁度いゝ加減に照つてくれなくてはいやです。けれどもいゝ加減で煮え切らないのは猶更困ります。あなたは……どう思ひなさいますか?。


   〔絵葉書裏〕

 眼のない……鳩さんどこゆ
 きやる──
 野を越えて山こえて
 知らぬ世界が
 あるかいな



底本:古賀春江文集『写実と空想』(1984年、中央公論美術出版)pp.287-288
  1. 2012/08/09(木) 20:00:00|
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岡吉枝(古賀好江)宛絵葉書 大正4年6月22日

   大正四年六月二十二日(消印)〔久留米〕はるえ拝
     〔久留米〕市櫛原町 岡よし枝様みもとえ

 雨がふります そいでも気持がよう厶《ござ》います。先日BAIRINJIに行くといつておきながらあんまり熱かつたものですからそれなりにしてANATAにうそを申しました 実しやん方にお出になつて大変怒つてゐらつし〔や〕つたさうな 実しやんが悪いのではありません 私が一番わるいのですお怒りは私一人が受く可きものです 謝りますからおゆるし下さいませ。何もかも悪う厶いました。おゆるし下さいませ。大変わるいことをしたと思つております。おゆるし下さらなくても実しやんや他の人達にも不快な感情をお持ち下さらない様に、私ひとりが悪う厶いましたのですから。



底本:古賀春江文集『写実と空想』(1984年、中央公論美術出版)p.287
  1. 2012/08/08(水) 17:00:00|
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