古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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銀ブラ、浅草観音─画中日記

 十二月×日──朝、竹林唯七と真剣勝負をやる。血腥い空気の中でキヽキヽ悲泣とも悲笑ともつかぬ手負ひの声だ。竹林は強い男だ。観念した。一礼して双方太刀をつける。私には成算があつた──小手を隙かして相手の付け寄る所を横面の左撃だ──が私の刀は鍔元があやしい。「お待ち下さい」「オヽ」「お待ち下さい」「刀が悪るくば取り換へなされ。」後ろから出してくれた刀と取り換へ再び立ち上つた。「サア来い」「ヨウ!」私は眼がクラ/\する。汗がビツチヨリ──の所で眼が覚めた。頭をコツンコツンげんこつで叩いて見る。大丈夫であつた。
 朝飯を済ますと丁度十二時。街へ出掛ける。木炭紙を買つて来やうと思ふ。年の終りに近づいた街は大売出しで賑かだ。円太郎の車掌さんは淋しそうな娘さんだ。大変綺麗だが向ふを向くと影がない。影を忘れたピーターパンかな。眠られまい、夜になると沈んだ空気の中に溶けこんで青い気体となつて浮び上る。お陽様と一緒に翌日街の中に動き出すのではないか。私は軽るい不思議な情奇の〔#「情奇」に「ママ」の注記〕虜となる。
 風は冷いが陽はホカ/\、金は無くともゴールデンバツトの味も先づは楽しい。銀座を歩く。飾窓、クリスマスツリー、街頭装飾、赤と白、男と女、香水、びとうどの襟巻、ラヂオ、ラヂオ……。午後の陽が照りつけ埃風が渦を捲き、電車、自働車を吹き飛ばす。
 その翌日──十五号の風景を描く。
 こゝの事務所のおばさんが話してゐる「あれも昨日の夕方死んだそうです!」……あゝあのお爺さんの事かと思ふ。白い髯を長々と生やし黒の頭巾を被り胃癌で入院切開したが思はしくなかつた。「子供衆よ、一寸の間静かにして下されや」何時ぞや電話口で聞いたお爺さんの声──私にはその昔めいた音調がハツキリ耳に残つてゐる。
 夜──老人の死から思ひついた訳でないが御無沙汰してゐる浅草観音様にお詣りする。大扉が閉められて薄暗い。お賽銭を上げて息災を祈る。御堂の左手広場で懐《ふところ》から自転車乗りの玩具を出して廻す。門の傍で十銭で買ったのだ。糸を車軸に巻き土に置いて手を放したらツイと二間ばかり飛んだ所を人相の好い汚い児がヒヨイと来て持つて行く。
 松之助の荒木又右衛門を探したが見つからぬ。河原へ出やう。霧が深い。向ふ岸の灯が綺麗です。月がある。濃紫に装飾されたお菓子の月です。黒い川、水が満々。赤い灯をつけた一銭蒸汽がトン/\/\、チーンとやがて鐘が鳴つて桟橋──薄暗い浮台の上に人の影が三四人。船はこゝで引き返す。
 高い/\紫色の中で、煙の塊りのやうに泳いで見たいな、桃割れの娘よ、水面から流れて来る香ばしい香りに、お前の花簪を揷したがよい。メリンスの帯と、赤い襟と、桃色の鼻緒の下駄で、お前の夢を彩つたがよい。
 その又翌日──新聞──あの蒼白い紙一面につまつてゐる虫のやうな活字は一つ一つ生きて動き這ひ廻つてゐるやうだ。読む人は眼だけになる──眼は単に活字を映すガラス玉だ。──焼ケ嶽大爆発と仇討ちに監獄に忍び込む。離婚の嘆きから婦選の闘士(日本の法律は女に損と)、晴のち曇り、鉄道会計へ融資千四百万円、仁丹ハミガキ、人生は永遠の学校、醬油の見分け方と兵備の手薄につけこみ北満を覗ふ露国──これを一時間に一緒に考へなければならない──毎日。いや考へ出したら先づわからない。路傍で拾ひ上げた一枚の新聞を読むのに一生を費した──といふ人はゐないか。
 前日の続きの十五号を描く。今日で打ち切りとする。
 翌日──珍らしく早起きだ。十時。麻布の親戚へ出かける。玄関の呼鈴の疣《いぼ》が白く小さく出てゐるのを横目で睥み乍ら格子を開ける。あの疣を押すのが嫌だ。変に小さく白つぽくて押すと脂腹に〔#「脂」の横に「指」〕軽く抵抗し乍らへこんで行く。こちらは何の物音も聞かないのに遠く家の中の深い所でヂリヂリ/\。やがて人の気配がして障子を開けて顔を出す。こちらにさつぱり分らないのに先方には「事件」がちやんとわかつてゐる、疣から顔──までの変に落ちつかぬ時間、その不気味さを象徴するかのやうなあの疣だ。
 帰途、街中をブラ/\し乍らスケツチ二三枚。
 夜三時過ぎまで読書。
 翌日──市川へ行く。冬の郊外。江戸川。縞模様ある金色の毛氈に一本の青いリボンだ。冬の野原は太陽の下に微笑する。沼沢一面枯葭原。夏はよし切りが喧ましく鳴き騒ぐのだが今は颯々と吹く風にサヤ/\霜枯れた音を立てるばかり。渡し場で対岸へ手を揚げると岸向ふの家から黒い人が出て来て船を漕いで来る。「お寒くなりましたな」「寒いですね、ご苦労さまで」「ヘエイ」船が着く。いくらですと聞くと二銭だ。
 絵具箱を投《ほう》り出し、堤の日だまりの草原に仰臥して青空を見乍ら煙草をふかす。ウツラウツラと眠たい頭に映るまひるの野原──田舎に忘れて来た恋情──。
 何にも描かずに帰る。曇つた夕暮の空からぬか雨が降り出して夜に入る──。



初出:『中央美術』12巻2号(1926年2月)pp.168-170
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.179-182
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  1. 2010/12/21(火) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
  3. | コメント:0

歌劇界の花形 黒田達人君

                              衣川波留江〔古賀春江の筆名〕

■名声一世に轟くと言へば、我ながらチト持つ提灯《ちやうちん》が大き過ぎる事と思ふが、浅草の一画を魅力あるバスに震憾させてゐるのは金龍館に於ける吾が黒田│達人《たつんど》│君其人である。やれ声量が今少し欲しいだの、表現に柔かみが足りないだのと、数えて来たら、難点はあらうが先づ先づあれだけの技は賞すべきであらう。
■だがこゝでは事やかましい理窟は一切抜きにして些《ち》と彼の性格に直接│衝突《ぶつ》かつて見よう。が彼には何時までも内密《ないしょ》/\。
■先づ彼はお人好しである。正直者である。無邪気である。子供心である。浅草と言へば直ぐに或る頽廃的な気分に人々を誘導すると同時に、歌劇役者と言へば是亦直ぐに或る型《タイプ》の人間を想像する事の容易な現在、彼を其等の中に見出す時、全く別種な喜びを感ずるのである。あゝした周囲に囲繞されてゐながら些しも天性の純情を傷けられる事なく専心勉強してゐるのは感じ入つたる事どもである。
■彼は勉強家である。彼程真面目に勉強してゐる者は現在の歌劇役者の他にはあるまい。
 彼は慢心してゐない、そして彼は所謂役者らしくない身装《みなり》をしてゐる。彼はデレ/\した事が嫌ひである。彼は好男子である。然し色男が嫌ひである。女の前でお上品振つて飯粒を一つ宛口へ持つて行く事よりも、勝手に一人で歩き廻つて屋台のすしを手摑みに頬張る方が好きである。
■彼は親切者である。逢つたばかりの人にでも雨に逢へば方々探し廻つて傘や足駄を借りて来て呉れるし、楽屋に仮寝《うたゝね》でもしてゐる人があれば、そつと夜着を掛けて呉れる、と言つた様に、親切者である。
■それに同輩間に有り勝な嫉妬軋轢にも、珍らしい迄に恬淡で決して同輩の陰口を利かない。賞めはしても悪口は言はない。人気者の田谷君の事なども「うまい、感心だ」といふのみで決して批評らしい生意気は云はない。
■彼は何んでもよく食べる。然しコロケーとライスカレーは食べない。ライスカレーは辛いから、コロケーはグチヤ/\するからとは成程々々。
 酒は一滴も飲まないし煙草も喫はない品行方正だ……。
「あゝ悲観/\、咽喉が悪るくていけない」等と時々歎声を洩す。
「むづかしいものをやらないで、一つ此所《こゝ》でおてくさん/\でもやつて見せ給へ」といふと「や、も御免々々」といつて赤い顔して頭を搔く。
「オイ、コロケー、コロケーは縁日のバイオリンでやつてるよ」
「さうか、僕よりうまいだらう」などゝ笑ふ。
 然し斯うした冗談の中に大きな抱負も持つてゐる。何時だつたか夜、金龍館が閉《かぶ》つてから、連れ出つて電車道を歩いた事があつた。其時彼は、
「駄目だ/\。まだ/\一生懸命勉強しなくては迚も物にならない。今漸く人間らしい声が出て来た所だからこれから、これからやる。うんと勉強するからどうぞ、永い眼で見て居て呉れ給へ」等と言つた。
 年中休み無しに昼夜二回、時としては三回の興行は、迚も十分に勉強する時間は無いのだが、その文字通りの寸暇を利用して一週に二度づゝは定つて樋口氏の所へ𥡴古に行つてゐる。彼は浅草に輝く珠玉である。



初出:『花形』1巻6号(1919年7月)pp.126-127
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.174-176
  1. 2010/12/17(金) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
  3. | コメント:0

写実と空想 或は具象と抽象

 こゝに具象といふのは感覚形態であり、抽象といふのは観念形態である。
 絵画に於ては如何なる現象──客観的現実的対象と主観的精神的対象──も、作品としての本質は作家の認識の象徴形態に外ならぬ。
 その対象と象徴との関係は或る場合に於ては、例へば「愛」といふ抽象的対象の場合に於て、或る作者は平穏なる野原に乳児を抱く母親を描く場合もあれば、又或る作者は全然外界の現実に形象を借りぬ抽象的形式を採る場合もある。或はこの両者の中間に位置する形式もある。
 然し如何なる現実の形態の写実と雖、純粋客観といふことは思惟の上の存在としてあるのみで絶対主観の摑んだる一つの現象である。人間の精神的活動は現実の客対を自己の中に把握するものであるとすれば、客観的対象がそのまゝ作品の具象にある事や、抽象を具象にする場合の問題は、それだけでは芸術作品としての価値は決定出来ない。
 そこに作品の形式の問題があるが作品でさへあれば如何なる作品でも芸術作品とは言へない。我々の単なる感覚的表現がそのまゝ芸術とは言へない。例へば酷く擲られた場合に「痛いツ」といふ叫び声は詩ではない。また夢を見てその夢のまゝの表現も画として芸術にはならない。並木道を一人の女がこちら向きに歩いている。画題は「散歩」といふ。これは視覚を以つて経験したる風景で、成る程美しい画ではあるが色、調子、遠近、動静、量、質、それ等のものを如何に完全に表現してもそれは単なる現実的視覚的存在である。これ等の形式は現実の存在形式であつて我々の精神の希求する本質的なる芸術とは言へない。何故ならば作品の存在形式はそれ自身では芸術の「当為」の世界への縺りを〔#「縺」に「ママ」の注記〕持つものではないからである。こゝで作品の形式が観念的存在としての形式(作用形式)と、感覚的存在としての形式(存在形式)とに別たれる。感覚的存在は現実の中に於ける受容的存在であり観念的存在は新しい現実の創造的存在である。
 現実の作品の対象が主観的空想的であつても、客観的具象的であつても等しく、作品に於ては観念形態(形式として作用形式)としての把握を感覚形態(形式としての作用形式)として表現さる可きものである。即ち芸術は美ではあるが但し美は必ずしも芸術とは言へない。
  芸術──本質的存在──先験的価値であり概念的実在である。
  作品──現実的存在──経験的価値であり感性的実在である。
 故に芸術は永遠的存在であり作品は時間的存在であると言へる。
 世の所謂写実主義と言はれる作品は多くは現実の感覚的表現に止まりたゞ技術としての美術品である場合が多いが、これは芸術としての存在価値を持たないものである。
 現実の受容的態度、即ち写実主義の作品でも作品は出来る。然し出来るといふことゝ作るといふことは、たとへ結果に於て相似することもあるが、結果的に出来るといふことゝ原因的に作るといふことはその感性より思惟の行程に於ける相違を考へなければならない。結果的に出来るといふことは所謂偶然のものであつてそれは作者の芸術的衝動に止る。そこに作者の作るといふことの意図、計画、の意識的方向が判然と働かねばならないことになる。
 芸術の本然の姿は我々の現実の可見の世界にないものである。それは我々の当為の世界であり先験的存在である。それを現実の可見の世界に表現するに如何なる方法を採るか──その具体的技術的方法論が必要となる。前に例した如く夢が夢のまゝに表現されたもの──それは方法として無意志的であり無秩序であり無方向であり一個の自然現象としての模倣的存在である。
 一個の作品は作者の認識を基礎として作られたる思惟の観念に於ける完全なる秩序ある意識的方法に俟たねばならない。



底本:『ヒューザン』12号(1932年4月)
初出:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.46-48
  1. 2010/12/13(月) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
  3. | コメント:1

新興リアリズムに就て

 リアリズムは芸術の基底をなすものだと考えます。リアリズムと芸術との関係は土地と建物との関係のやうなものだと思ひます。リアリズムの上に芸術は建設されるが、リアリズムそのものが芸術上の主義にはならない。
 リアリズムの対象としての現実、例えば夢や空想や日常の生活等──をありの儘に描写したのでは、つまり現実の模倣であるならば芸術とは云えない。芸術はそれから出発するものであつてリアリズムは即ち芸術以前だと思ひます。



初出:『ヒューザン』11号(1932年2月)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.45
  1. 2010/12/12(日) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
  3. | コメント:0

我国の新しい絵画と画壇に就いて─新しき趣味知識

 未来派、立体派、表現派、ダダ、構成派、超現実派、プロレタリア派。近代日本に興つた芸術流派の中でこれ等のものをその各おの時代に於て新しい流派と称んで来た。時代の流れの中にあつて事実それ等のものはその時代に於ける尖端的意義と価値を持つて居たものである。然しこれ等の流派は元来日本に於て創《はじめ》られた流派でもなければ主張でもない。重に〔#「重」に「ママ」の注記〕欧州の諸国に起つたそれ/″\の流派、主張であつた。東洋の一島国日本の文化は近年殊に著しく欧州諸国やアメリカの文化の恩沢を受けて育つて来てゐることは万人の認むる所である通り、美術の思潮も決して現在日本のみが孤立して存在してゐるわけには行かないのである。従つて今日の日本の美術を論じようとするには背後の大きな、欧州美術の源流を探らなければならないことになる。欧州の近代美術がわが日本にどういふ風に流れ込んだかどういふ影響を与えたか、又日本にある独特な美術の特殊性が如何に欧州に響いたか、等の問題はたゞに現象的に眺めても興味あることであるばかりでなく、一般文化史的に研究しても意義ある事に相違ないが、ここではそれ等の精密なる考察は難かしいので極めて簡単にそれ等の思潮の現はれと日本の現在とを交互に眺めて行きたいと思ふ。
 近代美術の大きな革命とも云はる可きものは先づ未来派であらう。未来派の宣言は一九〇九年二月│伊太利《イタリー》のマリネテから発表された。その中に「世界の栄光は一つの新しい美即ち快速の美によつて富された」「争闘に於けるよりも更に美しいものは存在しない」「時間と空間は昨日死んだ、だから私達は最早絶対の裡に生きてゐるのだ」「私達は世界の唯一の衛生なる戦争を、無政府主義者の破壊的行動を、人を殺す麗はしい観念を、更に婦人の軽蔑を讃美せんとする」「美術館と図書館を破壊せよ」「造船工場の夜の振動を、停車場を、工場を、郵船を、機関車を、飛行機を歌ふであらう」(神原氏訳)といつたやうに古典、静止、平和等に厳しい破壊的態度を取つた。詩、絵画、演劇等各部門に亙つてその宣言は実行された。特に絵画に於ては物象の交錯、流動、時間空間の同時同存性等が主張された。歩いてゐる犬の脚は四本ではなく二十本であると言つた。
 日本に於てこの派の作品の代表的なものとして記憶されるものは神原泰氏の諸作、及び東郷青児氏の初期のものなどであつて、東郷氏の「パラソルをさせる女」「美しき市街おお憂鬱よ悩ましさよ」「われはこの苦しみに命をかけたり」等孰れも第三四回位の二科展に出品されたもので当時の日本の画壇に大きな刺戟を与えたものであつた。少し後れて日本画の方で玉村善之助氏が美術院へ出された絵巻物に未来派の表現を取つたものが見られたが伝統第一主義の日本画壇へ投げられた大きな石であつたらう。
 立体派はセザンヌに源を発すると云はれてゐる。「三延長を有する立体を二延長しか持たない画面に如何に表現するか」がこの派の重大なる苦心であつた。この派の根本的思想は科学的現実的であつた。その方法として物体のデフオメーシヨン──形態の変歪又は解体──が行はれた。続いて固有形固有色の問題が起きた。光線によつて変化する色彩が否定され、運動に依つて変形する形態が否定された。現実の空間を如何に画面に処理するかゞ、立体を各要素としての面と線とに解体しそれを如何に構成するかゞ重要なる題目となつた。この精神に於て現実主義であり形式的に方法論的に科学的な基礎を持つことに努力したこの派の功績は以後永く今日まで我々の方向に一の重要な基礎を与えたものと言はねばならない。立体派は主観と理智との結合を企図したものと言つてもよい。
 日本では以前の矢部友衛氏の或作品や、横山潤之助氏の作、岡本唐貴氏の或作品などにそれ等の影響が見られた。それ以後立体派を母体として興つた新古典派と称はれる作風のものに当時の黒田重太郎氏や東郷氏の或作品などがある。
 表現派とは一言にその主張を尽せない極めて綜合的な思想を持つものでその最も重要とする要目は「自然の再現ではなくて主観内容の表現である」といふにある。芸術に於ける主観主義の最も高潮したるものと云はれる。色彩も形体も極めて主観的に強調されて第一に極度な刺戟を観者に与える。この派の統師とも言はれるカンヂンスキイの諸作は作者の内面の世界を抽象的に感覚的に表現したる代表的なものである。これは日本に於ても今日普く市街の装飾や映画や舞台のセツトやポスター等より着物の模様、帯、ネクタイ等にまで応用されてゐるが画壇の方面では特殊な運動も見られなかつた。
 ダダは欧州大戦の惨禍が生んだ世紀末的虚明主義である〔#「明」の横に「名」〕。「ダダは本能のみを認めるが故に先天的に説明を否定する」「文学及び絵画の領域に於てダダの傑作を期待することは笑止の沙汰である」といふが如くダダは一つのエスプリの状態であつて主義でも主張でもなく従つて製作に就いても何等の情熱も意志もないわけである。トリスタンツアラ、ハンスアルプ、ピカビヤ等がこの派の人達の中にゐる。
 日本では村山知義氏や玉村善之助氏等に依つて創められた「マヴオ」より「三科」時代に於てこの種の作品が見られた。村山氏の当時の数多い作品、ブリキや麻布や絵具や金具の破片などで作られた──や、玉村氏の「タトリンまではヘラ/\/\/\と登りつめたり」という天井辺りから繩を張つて所々に紙片をぶらさげたものなど、その他針金やブリキやガラスを集めたものなどがあつた。
 構成派──それの生れる以前にオーザンフアンやジヤンネレなどの純粋派と称《うたは》れるものがあるがこれは日本に眼立つてその反映を見ない為にこゝではすぐ構成派に移る。然し乍ら立体派から純粋派、構成派とこの三つの段階は直系血族とも云はる可きもので、純粋派は立体を一歩進めたものであり構成派は純粋派を思想の上にも形式的方法的にも多分に包摂してゐるものである。例へば後に「機械の美学」を称《とな》へた立体派のレジエーは「芸術の社会的役割及び実用性の承認と工業生産の方向に沿ふ芸術の発展の肯定」「生産生活の幾何学的秩序と抽象的幾何学的形式との現実的諸関係の研究」(蔵原氏訳)を挙げるなど次に興つた構成派と如何に必然の相互関係にあるかを了解されるのである。又、オーザンフアン及びジヤンネレの「純粋派の美学」で「新しき芸術の綜合の中に於ける若干の唯物論的原則の承認」「立体派の成果としての抽象的幾何学的形式の現実的相互関係の関究〔#「関」に「ママ」の注記〕」といふのを見ても此間の消息は伺はれる。
 構成派は非個人主義、集団主義、現実主義、唯物主義、産業主義等のなかから生れたものである。故にこの派の主張は具体的には絵画よりも寧ろ工業、建築、機械にその表現を見出した。ワイマール(後にデツサウ)のバウハウス等もその主張の派生として見られ得る。これは種々の生産工場の組織を持つてゐるがその根本的芸術的原則としては「生気ある現実的な実利的な芸術への努力」である。この派の思潮が特に革命後のロシヤに盛んであつたことは当然と言へよう。我が国でも村山氏等は逸早くこれを舞台や酒場等の設計に用ゐられて新しい効果を挙げた。
 次に超現実主義と称ばれるものが来るがこれは大体に於て観念主義であり抽象主義であり内容的にフロイドの精神科学を取り入れた夢と現実、物質と精神との新しい交流の上に建てられた形而上学であると言へよう。この派の領袖とも目されるブルトンはその超現実主義宣言の中で「もし欲するならばこれはまさに人工楽園である。外の人にもあるがこれと同じ題名のボウドレエルの評論からとりあげられる趣味だ。また神秘な効果とそれから生みうる特殊な亨楽との分析──多くの方面から、超現実主義はある人々の所有物であるところの義務を感じない新しい罪悪の如く現はれる。あらゆるデリカが満足されるハツシユ酒のやうなものである。──かくの如き分析はこの研究に於てその場所を欠かすことは出来ない。」(北川氏訳)と言つてゐるし、又後に出した第二の宣言書の中で「若しも超現実主義が、現実と非現実、条理と非条理、省察と衝動、知識(運命的)と無智、効用と非効用等々、これ等の概念の攻撃を計画して特にその道を進むならば超現実主義はヘエゲル体系の(偉大な堕胎)から出発する点に於て少くとも史的唯物論との向動力の〔#「向」に「ママ」の注記〕類似を示すだらう。結局否定、また否定の否定に。鎮められるある思想の実施に於て、例へば経済の範囲の限界のやうに、限界を決定することは不可能であると僕には考へられる。弁証法が社会問題の解決以外には有効に適用されないことをどうして是認出来るか。超現実主義の野心の全部は最も直接な自覚せる世界に於て何等の障害のない実施の可能性を獲得することである」(原氏訳)とも云つて居る。
 日本に移植された超現実主義の理論も各人稍々異つてゐる。詩壇に於ける竹中氏、春山氏、上田氏、渡辺氏、西脇氏等それ/″\の説が多少づゝ異つてゐるやうである。絵画に於ては昨年の二科展に出品された中川紀元氏の「空中の感情と物理」といふ作品や、東郷氏の「超現実的散歩」阿部金剛氏の「リアン」野間仁根氏の「ザフールムーン」等を超現実派として一般からは評されたが作家は各々異つた理論と方向とにあるやうに思はれる。
 新しい絵画は工場から──といふスローガンを掲げて起つたプロレタリア芸術論は現代の資本主義の社会組織が産んだプロレタリア階級の主張する芸術論であつて殊に現代の日本に於ては日を追ふて優勢になりつゝあると見られる。その主張する所は根本に於てプロレタリア階級のための芸術であり従つてプロレタリアートの政治的社会的争闘の一翼としての芸術である。故に従来のあらゆる芸術、即ち資本主義的な一切の素質を備へてゐる所の芸術を否定する。これは文学に絵画に詩歌に演劇は言ふに及ばず、文化的現象の一切のものに働いて氾濫してゐる。絵画の方面にては日本プロレタリア美術展があり、団体としては「プロレタリア美術家同盟」「造型」等がある。矢部友衛氏、岡本唐貴氏、永田一脩氏等が活動してゐる。「プロレタリア争闘の種々相の客観的写実的描写。煽動的処方箋の発明」など重要視されてゐる。

 以上で大体過去約十年以内の日本の美術の変遷推移に就いて観て来たがこれ等はもとより画壇の一角に起つたその時代々々の急進的な分子の運動で日本の画壇と云はるゝ本体にはさしたる変動も起つて居ない。帝展、二科といふ風に重なる〔#「重」に「ママ」の注記〕団体も年を経るに従つて次第に基礎を固めて来て進退共に今日ではさしたる変動を来たしさうもない。然し乍ら芸術が時代の反映であるとするならばこの流動して止まない而もその速力の超特急な現代に処して芸術も亦大いに進展の歩度を速めなければならない。時代は次々に新しい芸術を作り滅し絶えず変遷し進化する。来る可き時代に於て芸術は絵画は如何なる信念を持つて如何なる方向に進めばよいか。それを明瞭に認識し把握することは現代の我々に課せられた任務である。こゝに竹中久七氏の最近の論文の一章を借りれば「ブルトン流のシユール・リアリズムとはプロレタリア芸術家の言つた如く、滅び行くブルジヨア文化の最後の花であつた。併し我々の主張する科学的合理主義的シユール・リアリズムとは、プロレタリアートの勝利に基く唯物弁証法の解消後に当然そこに落ちつく可き将来の芸術である。社会的歴史的必然性に於て芸術の進化を実現せんとする点に於て最も新しき芸術である」と云はれる同氏の新しい合理主義の芸術と、形式主義芸術論で我々を示唆された所多い中河与一氏の新即物主義理論の把握との創造的進展に於て示されるであらう作品に私は多大の期待を持つものである。



初出:『婦人サロン』2巻10号(1930年10月)pp.81-84
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.38-44
  1. 2010/12/11(土) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
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現代絵画の動向に就いて

 今年の春の中央公論に板垣鷹穂氏が書かれた「絵画の貧困」といふ評論の中で「経済的に富裕なる絵画は文化史的に貧困しつゝある。然し経済的に貧困なる絵画には建設的な希望が恵まれてゐる」といふ冒頭で何故にそれがそうであるかを説明されてゐます。氏は先づ現代社会機構の基調をなすものとして、一、社会的技術としての機械文明。二、社会的制度としての資本主義。三、社会的意識としての階級思想と三つの箇条を挙げてゐられます。そして従来の絵画といふものがこれ等の条項に照らして見る時全く悲観的没落的な立場にあることを論じ最後に「新しい絵画は工場から」といふスローガンを掲げて生れたプロレタリア絵画こそ未来に於ける建設的な希望を持つてゐるものであると結論されてゐます。
 其所で今この三つの条項に就いて考へ進めて見ると、第一の社会的技術としての機械文明は急速に発達しつゝある機械的技術を以て大量生産的に創造し得る芸術──建築、工芸、映画等を隆盛ならしめると反対に手工業的な在来の絵画を冷遇する結果になるのは当然と思はれます。従来の絵画は一枚制作すればそれ切りで同じ作品を何枚も或は何百枚も作るといふわけに行かない。これは明らかに絵画の数の上での貧困の重大なる原因と言はねばなりません。少数なるが故に尊いのだといふ説は無意味であります。それよりも精巧なる複製の版画が大いに生産されることを希望したい、肉筆も勿論結構であるがそれよりも版画の発達の方がより社会的意義があると思ひます。
 社会的制度としての資本主義は画界の実権を画商の手に握らせて終つたと板垣氏は言はれてゐますが、これは日本の現在の状態には適用されないことです。絵画がしかし現在ブルジヨワ乃至小ブルジヨワ階級の需用品であることは確かで或る一枚の油絵はそれ一枚のみしか価値がなく従つて相当に高価であります。然し意識的にブルジヨワに迎合してゐない限り作品がブルジヨワに買はれるが故に無価値だとは思へません。
 三の社会的意識としての階級思想は必然にプロレタリア階級の絵画を生誕せしめた。これは当然なことであります。そして大いに未来の発展性のあるものだと思ひます。然し現在説かれてゐるやうな又制作されてゐるやうなプロレタリア作品のみが将来意義があるか如何かは軽々しく判断出来ないことであります。
 現代は実際に機械文明の時代であります。機械文明時代に於ける絵画は如何なる方向に進んでゐるか──機械そのものゝ形態美と機械技術の適用──それ等が私達に美術の新しい角度を与えて呉れたことは事実であります。未来派などから起つたダイナミズムの讃美など非常にロマンチツクではあつたが新しい境地を拓いたことは確かでそれから以後革命直後のロシアに起つた構成派なども矢張りロマンチツクではあつたが未来派などよりもずつと唯物的実際的で理智的になつて来ました。タトリンの第三インターナショナル記念塔の如きは機械讃美のロマンチシズムが生んだ空想に終りましたがそれ等を発足点として機械の芸術は非常なテンポで進展して来ました。レジエーは「機械の美学」で産業と芸術との連関を論じて美しいといふものは凡て人間の日常生活及び科学的現実的芸術と一致しなければならないといふ理論のもとに芸術の巧利的原則に依りその社会的役割を強調し従来の単なる装飾的絵画や彫塑を拒否しました。レジエーは映画の方面へ行つたそうですが機械の形態美よりその本質へと進んで行けばそれは当然な道だと言はねばなりません。斯くしてこれ等の方向は益々現実的実用的になつて行きました。彼は芸術家であり技師でありまた建築家でもあらねばならなかつた。構成主義と言はれる一団も亦そうであり後に出来たクロピユウスのバウハウス等もその系統と見てもよいと思ひます。今まで絵画とは寧ろ精神的理想的美的感覚の表現とされてゐたものが次第に物質的現実的機械的関係のもとに置かれるやうになつて来ました。トロツキーは嘗て「絵画とはロンドンやパリやニユウヨークを拵らへることである」といふやうなことを言つたと思ひます。
 この問題は当然現代の機械文明を支配してゐる社会的機構に関連してゐることは勿論で其所に芸術に於ける社会組織の形式的反映といふことが問題になつて来ます。芸術は社会の本質的な反映であるといふ一般的規定には異議を挾む余地はありません。従つてプロレタリア芸術の発生は社会的必然と云はねばなりません。今までの美しいとされてゐたものはブルジヨワジーによつて美しいとされてゐたものでプロレタリアートにはプロレタリアート自身の感じる美しいものがあると云ふのは首肯出来るし各々の持ちたいものを持つといふ意味で賛成であります。然しそれはそれとして価値があるのであつて決して凡ての芸術がそうでなければならないとは思はれません。殊にそれが政治的闘争の武器として第一の意義を持つといふ如き芸術論には賛成出来ないものです。芸術はブルジヨワにもプロレタリアにも如何なる強権にも支配されるものであつてはならないと思ひます。或種のポスター如き漫画の如き作品のみでは政治的社会的角度よりの価値であつて芸術的美的価値ではないのです。政治的社会的闘争の現実のみを第一のプロレタリア芸術の対象とする所に偏ぱな〔#「偏」に「ママ」の注記〕単調な公式的作品が生れるのだと思ひます。芸術は現実の反映である──しかし当然それは芸術的反映であつて他の如何なるものであつてもならない。花の絵を見てそれが植物学上どういふ間違ひがあるかを点検するのはするものゝ勝手ではあるがそれが作品の第一の価値を左右するものではない。人体の描写に解剖学上の如何なる欠点があるにしてもそれも第二義以下の問題である。プロレタリア芸術が政治的社会的反映を第一義のもとにする所に誤謬があると思ひます。雅川滉氏の所謂「現実の切実と反映の切実」との認識の差別は当然大切である。「武器の芸術」の如き明らかにこの両者を顚倒したものだと言はねばなりません。
 芸術は何所までも現実を芸術的角度から見る可きだと思ひます。現実は素材です。プロレタリアもブルジヨワも犬も鳥も飛行機も機関車も軍人も家鴨も軍縮会議もストライキも等しく芸術上の素材であります。私達は出来るだけ冷静に客観的にそれ等の素材に対したい。或人はそれを芸術至上主義といふ。ハウゼンシユタインだつたか「芸術のための芸術といふ立場は作者がその環境との矛盾の場合にのみ起るのであつて真の芸術は社会の為めの芸術でなくてはならない」と言つてゐますがこれはどういふ意味でありませうか。若しこの言葉をこう解釈出来ればこれは肯定出来る。即ちこれを具体的に表はして「向ふへ行きたいと思ふ人はこの場合のその人の環境の矛盾の証左である」と或は「水を飲みたいといふ人はその場合その人の状態との矛盾の場合である」と斯う解釈するなら宜い。一言にして言へば「人が生活してゐるといふことは彼の矛盾の表徴である」といふことになれば理解され得るが極めて漠然とした結論となつてこれならば別に至上主義者に限つたことではないといふことになる。
 プロレタリア芸術論は然し未だ発展の途中にあるものでそれは日を追ふて確固とした地盤と確信と方向とを明確に把握しつゝ進展してゐる。殊に文学に於て眼覚ましい飛躍を成しつゝあることは万人の認むる所だと思ひます。然しこの方面でもその政治的価値と芸術的価値との関係は色々と問題にされたやうであるがプロレタリア芸術論の巧利主義的立場からは政治的イデオロギー第一主義に置く所にそれはそれとしての意義もあらうがそれと全然無関係に別の立場に立つ芸術も存在する可きであると思ひます。
 最近向坂逸郎氏の「インテリゲンツイア」論の中に画家をも含めて論じてあつたがそれに依るとインテリゲンツイアを三つの層に別け、上層のものは少数で社会的役割に於てブルジヨワジーに移入し下層のものは多数でそれはプロレタリアートへ移動する。中層のインテリゲンツイアといふのが最もインテリゲンツイアらしいインテリゲンツイアであつてこれが一番浮動性に富んでゐるために始末がわるい。例へば大震災の時には社会主義者を撲滅しやうといふ立場に立つし米騒動の時には農民の味方になるといふ手合である。元来知識的で冷静でよく理解が届くために社会的事情に対する時所謂人道主義者になるもので又事変が起ると一朝にして反動的立場に立つたりする。これが一番問題になる可きインテリゲンツイアであるが元来インテリゲンツイアなるものが資本主義組織の特産物であるからプロレタリアの世界になれば必然インテリゲンツイアといふ中間の浮動層は無くなるものであるといふやうに云はれてゐたやうだが果してそうであらうか、プロレタリアの世界に於ては現在のやうな存在の智識階級層といふものは無くなるかも知れないが智識階級といふそのものが持つてゐる本質的使命──それまでが無くなるものであらうか、それは疑問だと思ひます。
 初めの題に返つて板垣氏の言はれる「文化史的に貧困してゐる絵画」といふのは如何なる絵画であるか明確でないが現代の絵画の凡てが文化史的に貧困してゐるとは思へない。私の思ふ所では文化史的に貧困な絵画とは現在のブルジヨワ自然主義とその系列にあるもの及びプロレタリア美術である。プロレタリア美術には建設的な希望があるといふのは現実的社会的に多数的な建設の意味であつて決して文化史的建設の意味とは解されない。何故かならば現在のプロレタリア美術は現実的政治的美術であつて芸術的文化的基礎を持たないからであります。文化史的価値と社会的現実的価値とは截然と区別されなければならないと思ひます。
 今日以後の絵画は如何なる形式内容を持ち如何なる方向に進むであらうか。それは充分に慎重に考慮される可き問題であらうと思ひます。



初出:『クロツキー』6号(1930年9月)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.32-37
  1. 2010/12/08(水) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
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超現実主義私感

 超現実といふ言葉はその発生の地盤そのものが現実である以上、よりよき現実を構成するための一方法としてのみ意義を有するもので、決して字義通りの解釈そのまゝでは無意味であると思ふ。
 芸術の本質は如何なる芸術と雖も本来は超現実である可きである。

 芸術の発生その存在理由─芸術の巧利性─は現実の不完全を補ひ、現実をより完全なる未来へ方向づける役割にある。

 故に現実の中に於ての活動でありながら現実以上のものへの憧憬であり現実を突き抜けて進展する活動である。
 即ち超現実的芸術であるわけである。

 故に行動としては現実と断然無縁であるといふことは不可能である。
 然しこゝでいふ芸術の巧利性は芸術の一般的原則としてのそれであり所謂巧利的芸術といふものとは区別されねばならない。

 芸術としての一般的規範に於ては、巧利主義芸術もそれと対立する至上主義芸術(純粋芸術)も、等しくその存在理由を現実への役割に持つてゐる筈である。
 然し巧利主義芸術(現実的有目的芸術)はその芸術の中に巧利の目的を持つてゐるに反して至上主義芸術(純粋芸術)は純粋美を持つ事をその目的としてゐる。
 超現実主義は勿論純粋芸術である。

 芸術は現実の中に終始するものではない。
 現実の不満が芸術(超現実)を産み現実が進展して芸術の境地に到達すればも早その芸術は芸術としての存在価値を持たなくなり其処に両者の融合渾一したる現実が有る。現実─芸術─現実といふやうに弁証法的に無限に進展して行くものである。

 超現実主義芸術は現実を抱容し超越する機能を持つと同時に、それ自身として永久に終結することのないものである。
 現実は進む。一時代に優れた芸術も次の時代では平凡な現実となりそうして又新しい次の時代の芸術が生れる。
 時代は常に形成されてあると同時に形成されつゝあるものである。何時の時代も次の時代への過程である。
 故に一つの時代に成されたる一つの芸術は次の時代に於て消滅する運命を持つ。
 即ち芸術はそれ自身の消滅への行進である。

 永久に達せられない目的を持つて芸術は進む。
 「ダダ」に於て芸術的進展性がないといふ現実主義的最後の宣告は超現実主義に於て見事に駆逐された。
 「ダダは精神の状態である」「ダダは何物にも傾倒しない。恋愛にも、仕事にも」「ダダは芸術上の自由思想である」と言つてゐる通りダダは一つの存在の状態であつて何物の希求も持たなかつた。
 然し超現実主義は純粋美の探求と獲得のための意識的合目的々手段である。故に超現実主義は無限の発展性を持つものである。そこに超現実主義が持つ時代的表象としての存在の意義がある。

 純粋美とは固より先験的価値形式であるから我々の経験的現実には存在しないものである。
 その未知の世界への探求──超現実主義はその方法としてのメカニズムである。

 過去に於ける構成派、純粋派等は絵画として、視覚的造型的に充分教養された上級のものであつたがそれ等は重心を現実の経験的世界に置いた為めに芸術としての論理に弱く発展性を持たなかつた。

 経験的世界はそのまゝとしては芸術に縁なきものである。
 経験の世界は実感の世界であり芸術とは異るものである。
 作品の中にある対象が実感の世界のそれであつても、それは寧ろその実感の世界を消滅すべき素材としての形象に過ぎない。実感の世界を消滅せしめない限り対象は邪魔であり作品は混乱する。
 現実を通して現実から自由になる事を願ふ──この完全なる形態とは形態自身が現実的意義を消滅したる時である。
 芸術の作品とは故に消滅の一歩手前にあるものである。

 勿論其所には自我等は存在し得ない。自我は現実の世界である。
 故に自我の情熱──現実の情熱は芸術には存在しない。芸術への情熱は現実の情熱の消滅したる所に生ずる。

 芸術又個人のものではあるが芸術の中の個人は個人では無くなる。主観的存在より客観的存在への進展であり、個人我より社会我への進展である。
 それは又芸術の自己解脱であり其所から厳密なる意味に於て作品としての主観的自律価値と客観的評価々値とが生じて来る。

 個人我より社会我への進展といふことは個人としての自己消滅である。彼が完全に彼自身となつた時彼は彼で無くなる。否、彼が彼で無くなつた時彼は完全に自己完成を遂げたのである。
 個人我の消滅といふことを現実的に形式的に考へた場合には当然自殺といふことになるが自殺といふ形式は非現実であつて超現実ではない。

 此処で非現実と超現実とを区別しなければならない。
 非現実とは現実を対象としたる対立の世界であり、超現実とは現実を徹したるそれ自身の自律の世界である。
 抑も芸術より見たる現実とは何であるか。
 芸術より見たる現実とは経験世界の埃つぽい概念の集積以外の何物でもない。夢の如き本体のない仮象である。
 芸術に於ける現実は何時も仮象としての存在であつて対象としての現実ではない。
 即ち超現実への機械の構成要素の一素材としての現実である。
 現実的芸術といふものが若し有り得ると仮定してもそれは何等現実的役割を持つ事の出来ないものであり、超現実的なるものこそ真に現実的なるものである。

 芸術の価値は現実的価値形式──思想、感情、感覚等──を超克し切断したる所にある。
 即ち現実的価値の無くなる時に芸術的価値は生ずる。
 故に作品の中に描かれたる対象をそのまゝ作者の思想、感情、感覚と解釈することは誤りである。

 (対象としての現実の具象を切断したるのみでは唯非現実と云ふ可きでそれは捉へ所のない夢想に等しきものであり従つて非芸術である。)

 消滅への機構としての超現実主義は意識的目的々であるが故に形式に於て例へ相似のものがあつたとしてもイマジネーシヨンではない。イマジネーシヨンは無目的の夢であり発展性の無いものである。空想の芸術、夢の芸術は経験的現実的であり超現実ではない。超現実主義を以て夢に等しき無目的の意識状態であるといふ説は首肯出来ないものである。超現実主義は純粋性へ憧憬する意識的構成である。故に超現実主義は主智主義である。
 対象として取扱ふ場合の現実的表象が作品の中に於て持つ位置──空間の制定──経験的価値形式の取り扱ひ方──純粋性の誤りなき把握のための精密なる理智的計算である。
 それは構成の技術の問題である。
 この場合の対象は何所までも精神を通して計算されるものであつて現実的意味を持たなくなる。現実的形式ではなくして芸術的形式である。例へば描かれたる机は机自身の形ではない。具象的現実としての机ではなくなるのである。
 斯く対象としての現実的表象がその意味を持たなくなつた所から芸術は始まる。
 作者の影も同様に薄くなる。こゝに作者が居ると思はせる作品はまだ純粋ではないのである。
 純粋の境地──情熱もなく感傷もない。一切が無表情に居る真空の世界、発展もなければ重量もない、全然運動のない永遠に静寂の世界!
 超現実主義は斯くの如き方向に向つて行くものであると思ふ。



初出:『アトリヱ』7巻1号(1930年1月)pp.53-58
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.26-31
  1. 2010/12/05(日) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
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至上主義者の辯

 芸術は自由でもなければ不自由でもない。美でもなければ不美でもない。それは唯「存在するもの」なのである。青空があるやうに、河が流れてゐるやうに、汽車や電車が動いてゐるやうに。
 自由と云ひ不自由と云ふ、其所にはまだ自己が前提されてゐるが芸術の窮極に於ては自己は無い。自己が意識されてゐる間は純粋であるとは言へない。必然であるとは言へない。必然とは自己の無い「純客観」の場合である。現実より見て意味があつても無くてもそれは芸術自身の与り知らぬ所である。芸術自身には現実の何等の意識もありはしない。
 芸術は現実を遊離する。現実な意味を持たない芸術──それは宇宙のメカニズムに包摂された「一つの存在」である。春に花が咲き秋に葉が落ちる如き「そのまゝの存在」である。一見すれば出駄羅目である。然しそれが出駄羅目と批判される間は(その自己がある間)このメカニズムは了解されないであらう。これこそ輪廻の「業」である。それは我々を支配する力そのものゝ中に融合する事に依つて達せられる自己●無の〔#「●」は底本では「てへんに発」〕境地である。
 芸術は目標を其所に置くしまた其処から出発する。
 生活的に言へば(現実の)生存の最後のものである。その次ぎに来るものは何かと言へば勿論我々自身の滅亡「死」である。今少し観念的に言へば芸術はこの世とあの世の境の一線である。その先は──その先は宗教があるであろう。(此頃、宗教を現実へ実際生活へ、即ち現実的宗教といふものがあり宗教家の代議士まで出来たがこれ程驚いた無意味なことはない。恰も芸術は生活の反映であるといふ説と同じく認識不足の囈語である。)
 芸術を自由といふのは自己が批判するからである。自己が批判すれば如何にもそれは自由であるに相違はない。如何なる現実にも束縛されはしないから。然しその積極的な境地──それは出駄羅目ではないメカニズムの中の構成である、──此所に於ては自己もなく意志もなく情熱もなく冷然として無感動であり無表情である。

 現実の客観的認識はプロレタリヤ芸術論の基礎である。然しそれは何処までもプロレタリヤとしての、即ち現実社会に於ける階級認識の上の客観芸術であるといふ。けれども其所に階級があり集団がある(個人は否定されてゐる)以上は純粋なる客観芸術は生れないのである。階級の「意識」がある以上客観は不可能ではないか。(階級認識から引いて起る階級闘争も一つの客観的現実なら──それも勝つことばかりを目的にしなくてもよろしい、如何に負けるかといふことも階級闘争の一方法である。何故かなら階級闘争は階級を無くすることが目的であるから──其他人種的闘争も現実としてあるであろうし、人類と他動植物の生物間の闘争もあるであらうし、地球と他遊星との天体の闘争も認らめれるであらう。プロレタリヤはマルキシズムに宥められ好い気持であるであらうが以上のやうに考へて見ればこれから以後の仕事の方が大きいではないか。
 たとへ幸ひにして人類が宇宙を征服出来たとしてもそれが何時まで続くものであるか決して絶対ではない。まして個人として見れば、ブルジョアもプロレタリヤも君も僕も所詮は「執行猶予中の死刑囚である」といふ現実に変りはないのである。
 現実生活の種々様々の欲望が一つとなつて我々を芸術に向けしめた。芸術に憧憬を持つといふことは孰れも現実生活の不幸を物語るものである。
 現実に闘ふ人は現実に闘へ。
 現実を遊離した芸術が現実に立返るといふ事は無いのである。



初出:『アルト』7号(1928年11月)pp.27-29
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.23-25
  1. 2010/12/04(土) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
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水絵の象徴性に就て

 絵は何と言つても眼から入つて来るものだ。凡ての造形美術のやうに。その中でも殊に絵は眼を唯一の心感機関と〔#「感」に「ママ」の注記〕してゐるものだ。眼に訴へるべく作られたものである。我々の感じたものそのものではないので、その表現であり象徴である。自然その間に表出の間に苦しみがある。表現の全時間に於てその苦しみ─努力─はある。この表現の苦悶葛藤が少なければ少ない程、表現は内感と一致する。だから可能ならば一瞬時に表現出来るやうなものが一番善い事になる。例へば紙上に一点を打つ程な程度に於てなされ得るものならば、それが一番いゝ。真に点一つでも、それで表れが完全ならばそれでいゝ筈だが、そうでない場合、つまりそれ以外の、普通の絵と称するものの場合には、その一点の何千倍或は何万倍かの時間を要する。この時間が問題になる。「どうも善く行かない」といふ言葉は製作の場合有り得べからざる言葉であり、同時に充分ほんとにそれは毎度あり得る言葉だ。でこの場合、その全時間は矢張り一点を打つに要する時間にまで澄ませる事がたゞ一つ作品の清純を保証する。時間のみの問題に於てもそうだが、其上また材料といふ厄介なものが介在する。水彩などの場合は殊にこれが有力な介在者だ。で若しこれに関心無く、盲目《めくら》滅法に描いてゆくことは、態度として善いことだが結果は駄目になる。つまり時間的には完全だが、それは材料に不完全なのだ。材料に困ることは、先づ一例を挙ぐれば──極端な例だが、紙の地の白と絵具のホワイトとがまるでその性質を異にしてゐる様なものだ。
 描かうとする前に、だから、マチスの所謂「絵をなす感じを煮つめる」事が大切だ。殊にこれが生唐紙に水墨などの場合、充分出来上つたものを打ちつけるより他ない。それでも未だ些細な点で大きな失敗をする。何枚も何枚も描き直す。斯く煮つめれば煮つめる程、益益象徴的なものになつてゆく。不要なものをどし/\省いて行く。これは油絵などに就ても同じ事である。象徴的(写実的に対する)なものになればなる程、絵は、材料や時間を含んでゐる絵は、その本来の性質に澄んでゆく。
 不要なものを省くと言つたが、実は不要なものではないので、隠れて顕はれないものだ。然し隠れて顕はれないものでも力は表に顕はれる。
 例へば、唐紙に水墨の牡丹があるとする。その周囲は紙の地のまゝ残してある。その地はたゞの紙の地ではないので、これは省いたもので、而もこの絵の大きな力をなしてゐるものだ。
 油絵などでも矢張りおなじで、写実と言つても本当の、文字通りの写実ではない。比較的といふまでゞある。
 だから煮つめればどうしても絵は紙上に一点を打つ気持だ。他のものゝ無い程善い。言葉で言へば、「あゝ」とか「おゝ」とかいふ感嘆詞に相当する。
 野に出て山を見る。はるばるとして山を見る。胸が迫つて「あゝ」といふ感嘆詞が出る。これが絵の場合の一点だ。これで充分だ。たとへそれ以上の語句が或る一つの詩歌にあつたとするも、この最初の「あゝ」まで煮つめなければいけない。だから力は同じ「あゝ」である。
 詩の場合聯と聯との間を切る。あれは切れてゐるのではない。字面は切れてゐるが力はつながつてゐるのだ。牡丹の絵の余白或は筆と筆との間に陰見する〔#「陰」の横に「隠」〕余白と同じに。
 絵は或感慨を表す象徴だから説明や抒述の心を持たないものだ。説明や抒述を〔#「抒」の横に「叙」〕要するまでもなく、一挙に観者の心を捕へて終ふものだ。この力がないものは絵として完全ではない。
 殊に水絵は、前言つた材料の性質上、多分に日本在来の墨絵と似通つてゐるからこの煮つめる絵である。形の上からも長篇小説より詩歌に近い。説明を求められると困るものだ。それ自身一つの渾融体であるから分解はなり難い。茲に花を描くとする。描いたものは花ではあるが花ではない。絵が、一つのものが出来上るのだ。それは何者よりも離れた一つの存在であり同時に、内なる存在の象徴である。記述するものでなく暗示するものだ。だから其の中の一部を指してこれは何だと訊かれると困る。眼から入るべきものではあるが眼の了解にのみ止るべきものではない。眼には或る象として映ずるだけだ。象であつて意味はない。想念もない。そこにさうして在るもののみだ。もつと適切に言へばその象は宇宙の神秘の象だ。だから作者としてはこの神秘を数多く経験したもの程高い絵を描くのだ。それでそこまで行つてゐない者が、これは何だと訊くのは無理もない事ではあるが、そのまゝ黙つておくより仕方ない。神秘の表れは我々の言ふ「気が付く」「目が覚める」等といふもので、独歩〔国木田〕の所謂「ビツクリする」といふ意味である。余計に絶えずビツクリしてゐなくてはいけない。芸術家としての目的は、ビツクリする事の多少に依つて達せられると否との差がある。ビツクリしたその次の瞬間は、既にその神秘を心感から〔#「感」の横に「肝」〕体得した場合だ。そこに融合した場合である。そこに製作がある。

   散る落ち葉の 我ばかりぞ
   空にはふる けしき

 これは露風氏〔三木〕の詩の一節だが、これを説明しろと言はれると困る。草の上に坐つて落葉の散る状を一人見て居た。そうではあるけれど、この状景の〔#「状」の横に「情」〕外面的抒述は〔#「抒」の横に「叙」〕そうではあるけれど、この詩がそれだけを歌つたのかと言へばまるで違ふ。これはけしきとわれとの融合であり抱愛である。ぢつと坐つてゐるが勇ましい飛躍である。静かであるがはげしい。けしきであるが我で、異身同体の境地だ。そこに斯うした説明のあたはない所がある。
 これもその感慨をドシ/\書き付けたのではこの表現まで行かない。煮つめたのだ。凡てのものゝ精だけに煮つめたのだ。張り切つた形だ。詩は、詩形が短小だから尊いのではない。絵も簡単小形だから水彩が尊いのではない。作者の全部的な活力にあるのは第一必須条件だ。
 長詩形のもので優れたものもあるであらうし、絵面の大きな所謂力作で善いものもあるだらう。が、私としては前に言つた介在物の関係と、自身の肉体精神主に肉体の生活機能の強弱の関係上、小形のものを択びたい。一般に言つても、少し出過ぎた事を許して貰へば、小形を択ぶ程いゝのだと思ふ。人の心身に限りがあるからだ。間の抜けた大きなものより張りつめた小さなもの、それを択ぶ。芭蕉が

   この道やゆく人なしに秋の暮れ

と言つた句でも、徒らに書き流せば一小冊子を費しても未だ足らぬであらう。
 小形だからと言つて力が弱いものでもなく、水彩だからと言つて、油絵に比較して努力が少いの弱いのと言はれる筈はないわけだが、言論では既に誰でもそれを認めてゐる様に言ふが、実際に於ては仲々そうでないらしい。色を何度も/\重ねたり洗つたりして描いたものが努力の作で、ポト/\と色を置いて行つたやうなものが弱い等とは言はれない筈だが、実際に於ては仲々そうではない場合が多い。
 展覧会でも、水彩の数は油絵の一割二割或はそれ以下だ。水彩に善いのが無いのかも知れぬが、これはまた鑑別する人が絵具に誤魔化されてゐるのかとも思ふ。数に於て油絵の方が多い為、それを見慣れた眼がたまにほのかなチラ/\する感じの水彩に接しても、眼に止まらないで又眼に止まつても、単に弱いからといふ理由で取られないか、取られても、油絵の余白埋めに廻されるのかも知れない。
 一体、強いとか弱いとか言ふことが如何なることだか甚だ曖昧だが、表面の、見かけの強弱なら弱くて結構だ。三千枚の長篇なら傑作だが十七字の句では弱いと誰が言ひ得る。だから、そういふ意味に於てなら水彩は弱くていゝのだ。弱いのが寧ろその稟性だ。カステラを食つてこいつはカステラに過ぎないと云つたら随分変なものだと白秋氏が言つてゐられたが本当だ。
 水彩は長篇小説ではなくて詩歌だ。その心算《つもり》で見て欲しい。水彩はその稟性により、自由にして柔らかに而して淋しいセンチメンタルな情調の象徴詩だ。そのつもりで見て欲しい。



初出:『みづゑ』186号(1920年8月)pp.2-6
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.11-15
  1. 2010/12/01(水) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
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