古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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作家に関する文献 逐次刊行物(戦後編)

藤田三郎「古賀春江」 『暖流』4号(1948年10月)pp.7-9
阿部金剛「古賀春江のことなど」 『美術手帖』12号(1948年12月)pp.58-59
東郷青児「古賀春江」/中川紀元「古賀春江君」 『美術手帖』21号(1949年9月)pp.47-48
中川紀元「困ったこと」/竹田道太郎「青春譜=岸田劉生・古賀春江・佐伯祐三=」 『美術手帖』52号(1952年1月)pp.78-83
〈特集・古賀春江〉阿部金剛「古賀春江君の死」/高田力蔵「有心の絵」/藤田三郎「古賀春江」/中野嘉一「古賀春江の詩について」/竹中久七「古賀春江追憶―二十回忌に際して―」
  『詩の家』9号[通刊87号](1953年11月)pp.1-10⏎
Elise Grilli 'Art,East and West,Works of Koga,Koide' Nippon Times Dec.22,1953 p.4
竹中久七「万鉄五郎から古賀春江への道―鶏骨集(4)」 『詩の家』10号[通刊88号](1954年2月)pp.42-44
川端康成「古賀春江と私」 『芸術新潮』5巻3号(1954年3月)pp.71-74
町田トシコ「亡友・古賀画伯のこと」※5回連載 『詩の家』12号〜16号[通刊90号〜95号](1954年9月〜1956年7月)
  ※『郷愁の長崎』(新元社、1956年4月)に再録
〈続筑後文学散歩〉杉本寿恵男「洋画壇の先駆者・古賀春江」(1)~(4) 『朝日新聞』筑後版(1956年9月9日、11日、12日、13日)
竹中久七「古賀春江『煙火』」 『現代の眼』26号(1957年1月)p.6 ※図版掲載《煙火》
竹林祐吉「『古賀春江展』から―余りに文学的な妖異の絵画―」 『毎日新聞』西部版(1958年6月4日)
〈古賀春江の人と芸術〉杉本寿恵男「洋画壇の先駆者」/松田諦晶「古賀春江の面影」/岸田勉「絵に表現された詩」/川端康成「末期の眼」※抄録 『櫨』4号(1958年8月)pp.1-8
児玉明人「古賀春江の秘戯図帖」 『日本古書通信』193号(1960年5月)
植村鷹千代「観音」 『日本経済新聞』(1960年9月27日)
高田力蔵「竹中さんと古賀春江」 『詩の家』31号[通刊109号](1962年12月)pp.6-7
中川紀元「ただようペーソス―古賀春江展」 『毎日新聞』(1963年6月11日)
古賀政男「絵になった”酒は涙か溜息か”」 『西日本新聞』(1964年6月18日)
富山秀男「古賀春江の水彩」 『現代の眼』124号(1965年3月)pp.2-3
吉田謙吉「古賀春江の思い出」 『美術手帖』252号(1965年3月)p.12
坂宗一「わが師友」※10回連載 『西日本新聞』(1966年1月18日、25日、2月1日、8日、15日、22日、3月1日、8日、15日、22日)
本間正義「観音」 『日本経済新聞』(1966年2月23日)
〈特集 日本近代美術の主人公たち〉朝日晃「古賀春江と三岸好太郎」 『美術手帖』270号(1966年7月)pp.60-61
神原泰「大正期の前衛絵画運動の思い出」 『国立近代美術館京都分館年報』(1966年12月)
藤田三郎「古賀春江の『埋葬』について」 『詩の家』44号[通刊122号](1967年8月)pp.16-17
岡田隆彦「耽美主義的幻想―古賀春江、三岸好太郎を中心に―」 『スペースデザイン』36号(1967年11月)
瀧口修造「自筆年譜」 『本の手帖』83号(1969年8月)p.151
中野嘉一「理智と幻想の画家―古賀春江について―」 『世界』286号(1969年9月)pp.266-271
中野嘉一「古賀春江の詩について 絵とポエジイの結合」 『暦象』66集(1969年12月)
〈大正期の新興美術運動をめぐって〉神原泰「アクションの物語的思い出」(その一)(その二) 『現代の眼』187号、188号(1970年6月、7月)
松永伍一「古賀春江・詩の罪 多才という悲劇について」 『芸術生活』23巻9号(1970年9月)pp.70-75
  ※『美の鏡の前で』(アディン書房、1981年12月)に再録
吉村貞司「『末期の眼』における古賀春江」 『文学・語学』60号(1971年6月)pp.68-77
神原泰「『アクション』が生れるまで」 『絵』89号(1971年7月)
中野嘉一「挫折と継承の意味(第3回)『リアン』系詩誌・前衛画家との交流」 『暦象』70集(1971年8月)
藤田三郎「手紙をつなぐ回想―古賀春江と川端康成のこと」 『詩の家』55号[通刊133号](1972年3月)
岡部千葉男「川端康成の死と古賀春江」 『日本美術』87号(1972年6月)
中野嘉一「芸術家の思想と心理―古賀春江私論ノート」 『暦象』72集(1972年9月)
野田宇太郎「雑書遍歴(4)古賀春江画集」 『日本古書通信』529号(1973年8月)pp.4-5
阿野露団「古賀春江(上)(下)―長崎を描いた画家たち(3)(4)」 『長崎新聞』(1975年1月25日、30日)
  ※『長崎を描いた画家たち』(上)(形文社、1988年3月)に再録
阿野露団「古賀春江の思い出(町田の手記を中心に)―長崎を描いた画家たち(7)」 『長崎新聞』(1975年2月19日)
  ※『長崎を描いた画家たち』(上)(形文社、1988年3月)に再録
神原泰「古賀春江君をしのんで」 『ふくおか文化』28号(1975年3月)pp.1-4
古川智次「前衛の先駆者 古賀春江」 『日本美術工芸』438号(1975年3月)pp.80-85
藤田三郎「古賀春江「超現実主義私感」について」 『詩の家』61号[通刊139号](1975年3月)pp.14-16
腰原哲朗「詩誌『リアン』と古賀春江―シュールレアリスム論―」 『解釈』21巻4号(1975年4月)pp.44-48
  ※『「リアン」詩誌―一九三〇年代』(木菟書館、1981年8月)に再録
中野嘉一「現実線を切る主知的表情―古賀春江文献資料を中心に―」 『暦象』79集(1975年4月)
木俣修「昭和史とともに④ 昭和初頭の嵐・その三」 『短歌』22巻4号(1975年4月)
古川智次「古賀春江の遺作の行方」 『絵』137号(1975年7月)pp.22-24
中野嘉一「古賀春江文献資料考」 『暦象』80集(1975年8月)
坂宗一「古賀春江を想う」 『ふくおか文化』30号(1975年9月)pp.1-4
腰原哲朗「近代の悲傷―前衛画家古賀春江補遺」 『ふかし』35号(1975年9月)
楢橋満帆「師・古賀春江の思い出」 『読売新聞』(1975年11月8日)
〈特集 古賀春江〉古川智次「アヴァンギャルドの先駆者 古賀春江」 『三彩』339号(1975年11月)pp.7-32
瀬木慎一「古賀春江―現代美術のパイオニア(4)」 『古沢岩美美術館月報』6号(1975年11月)pp.5-8
  ※『現代美術のパイオニア』(美術公論社、1979年6月)に再録
古川智次「詩的幻想の世界「古賀春江回顧展」」 『美術手帖』401号(1975年12月)pp.106-107
〈特集 夭折の画家〉ヨシダ・ヨシエ「開かざる扉の前と近代から現代」 『アート・トップ』31号(1975年12月)pp.36-39
  ※『流氓の解放区 ヨシダ・ヨシエ評論集』(現代創美社、1977年7月)に再録
長谷川修「ミューズに愛された男―『古賀春江回顧』展を見て」 『芸術新潮』27巻1号(1976年1月)
河北倫明「久留米士族の洋画家たち―青木・坂本・古賀などのこと―」 『絵』143号(1976年1月)
宮滝恒雄「無個性の個性―古賀春江展のことなど」 『指』292号(1976年1月)pp.14-19
〈特集 古賀春江〉陰里鉄郎「理智の鏡と幼な歌―古賀春江の世界」/古川智次編「古賀春江・年譜」 『みづゑ』851号(1976年2月)pp.5-37
藤田三郎「古賀春江・このごろ」 『詩の家』63号[通刊141号](1976年2月)
岡田隆彦「古賀春江と川端康成 美術散歩23」 『ちくま』84号(1976年3月)pp.20-21
〈特集 さすらいの僧侶画人 古賀春江〉寺内大吉「寂滅為楽の芸術」/豊岡益人「徘徊のあと―古賀春江の画」 『藝術浄土』2号(1976年4月)pp.83-93
桜井政行、王丸勇「前衛画家・古賀春江」(1)(2) 『日本病跡学雑誌』12号(1976年7月)pp.49-51、13号(1977年5月)pp.34-35
中野嘉一「古賀春江」 『暦象』83集(1976年12月)
中野嘉一「前衛画家古賀春江 特異な幻想空間とその病跡」 『信州白樺』25号(1977年3月)pp.106-121
中野嘉一「幻想空間とその病跡 古賀春江抄」 『詩の家』65号[通刊143号](1977年3月)
中野嘉一「古賀春江の幻想空間」/山森三平「古賀春江への旅」 『暦象』84集(1977年5月)
阿部良雄「未発表の古賀春江―青春のスケッチブック」 『芸術新潮』28巻6号(1977年6月)pp.88-96
  ※『ひとでなしの詩学』(小沢書店、1982年9月)に「人間主義は文化を妨害する―古賀春江」として再録
王丸勇「進行麻痺と芸術―古賀春江の場合」 『日本病跡学雑誌』14号(1977年11月)pp.1-8
中野嘉一「古賀春江と三岸好太郎―ヨシダ・ヨシエ著『流氓の開放区』を読む」/藤田三郎「古賀春江のシュルレアリスムへのジグザグな道」 『暦象』86集(1977年12月)
宮本忠雄「書評 中野嘉一著『古賀春江―芸術と病理』」 『臨床精神医学』7巻3号(1978年3月)p.373
藤枝静男「書評 『古賀春江―芸術と病理』」 『三彩』368号(1978年3月)pp.53-54
角宮悦子「書評『古賀春江』」 『詩歌』525号(1978年4月)p.25-
〈中野嘉一『古賀春江・芸術と病理』書評小特集〉神原泰「『古賀春江』をよんで」/野村章恒「古賀春江―芸術と病理」/小林善雄「古賀春江―芸術と病理」 『暦象』87集(1978年5月)
中野嘉一「晩年の肖像 古賀春江のこと」 『詩の家』70号[通刊148号](1979年7月)
徳田良仁、島田紀夫、阿部信雄、中田裕子「新資料による古賀春江論」 『日本病跡学雑誌』18号(1979年11月)
阿部良雄「パリ=東京一九三〇」(1)~(3) 『図書』366号、367号、369号(1980年2月、3月、5月)
中野嘉一「『リアン』と古賀春江のこと」 『詩の家』72号[通刊150号](1980年7月)
富山秀男「古賀春江『月花』」〈57年度新収蔵作品より〉 『現代の眼』339号(1983年2月)p.5
「古賀春江 浪漫的アヴァンギャルド」 『夜想』14号(1985年2月)pp.61-65
山梨俊夫「詩と絵画の耕地―所蔵品を通してみた古賀春江」 『1983年度神奈川県立近代美術館年報』(1985年3月)pp.3-27
中野嘉一「モダニズム詩の時代(Ⅴ)」 『芸術と自由』125号(1986年1月)pp.26-27
洲之内徹、阿部良雄「美を語る5 古賀春江」 『アート・トップ』92号(1986年4月)pp.51-58
中野嘉一「『リアン』初期のころから」 『詩の家』83号[通刊161号](1986年4月)pp.4-5
杉本秀子「展覧会から・古賀春江展 古賀春江―われわれに訴えるもの」 『三彩』464号(1986年5月)pp.103-105
「”二流青春画家”の評価問い直す昭和の前衛画家古賀春江の大回顧展」(隗) 『朝日ジャーナル』1431号(1986年6月)p.38-
橋冨博喜「松田諦晶のこと(下)―松田諦晶と古賀春江―」 『西日本文化』223号(1986年7月)pp.28-33
中野嘉一「古賀春江の思い出」 『芸術と自由』128号(1986年7月)pp.12-13
小泉淳一「涯しなき逃避 狂人のデッサンによる絵画とは」 『美術手帖』566号(1986年8月)pp.128-135
瀬木慎一「古賀春江の飛翔と墜落」 『芸術公論』15号(1986年9月)pp.147-151
  ※『異貌の美術史―日本近代の作家たち』(青土社、1989年7月)に再録
杉本秀子「古賀春江資料紹介―デッサン・スケッチブック・ノート」 『石橋財団ブリヂストン美術館・石橋美術館館報』34号(1986年10月)pp.31-43
小林康夫「消滅の美学―古賀春江の《超現実主義》」 『比較文學研究』50号(1986年10月)pp.58-71
小菅健一「『末期の眼』論―前衛画家古賀春江との関係をめぐって―」 『国文学研究』90集(1986年10月)pp.12-23
中野嘉一「上高田日記から 古賀春江関係資料について」/腰原哲朗「古賀春江と俗」 『詩の家』84号[通刊162号](1986年12月)pp.23-27
中野嘉一「古賀春江と稲垣足穂雑記」 『短歌』33巻12号(1986年12月)p.18
中村義一「古賀春江の芸術のアンビバレンス―絵の背後の身体について―」 『京都教育大学紀要A』70号(1987年3月)pp.83-98
中野嘉一「二つの古賀春江論」 『暦象』108集(1987年8月)pp.52-53
中野嘉一「古賀春江の詩について」 『芸術と自由』137号(1988年1月)pp.14-15
中野嘉一「上高田日記―新資料古賀春江の遺品「ノート」を読む」 『詩の家』86号[通刊164号](1988年2月)pp.25-26
中野嘉一「古賀春江・青春のスケッチブック」 『芸術と自由』138号(1988年3月)pp.14-15
中野嘉一「前衛画家古賀春江の詩について」 『芸術と自由』139号(1988年5月)pp.14-15
中野嘉一「古賀春江論」 『芸術と自由』140号(1988年7月)pp.14-15
中野嘉一「古賀春江の仏教的無常感」 『芸術と自由』141号(1988年9月)pp.16-17
中野嘉一「古賀春江と神原泰」 『芸術と自由』142号(1988年11月)pp.14-15
海野弘「An Illusion of the Modernism―古賀春江の世界」 『スタイリング』19号(1988年12月)
中野嘉一「古賀春江と私」 『暦象』111集(1989年1月)p.11
美濃ちどり「前衛画家古賀春江とモンタージュ的作品―デ・キリコの作品との関連を中心として」 『民族藝術』5号(1989年3月)pp.143-154
杉本秀子「一九二九年の古賀春江」 『デアルテ』5号(1989年3月)pp.93-102
山田野理夫「資料 足穂・春江・巌」 『暦象』113集(1990年2月)pp.7-9
松村恵理「古賀春江の芸術―当館所蔵水彩画を中心に」 『現代の眼』430号(1990年9月)pp.4-6
中野嘉一「神原泰の芸術と思想―神原泰と古賀春江」 『暦象』114集(1990年9月)pp.2-4
「秘蔵の一点 古賀春江『ファンタジー』」 『週刊新潮』1784号(1990年11月)pp.81-83
和田博文「古賀春江論―魔術師の花束」 『EtPuis』23号(1991年9月)pp.56-66
中野嘉一「理智と幻想の画家 古賀春江と『リアン』の頃」/古川智次「古賀春江研究の現状と今後の課題」 『現代の眼』446号(1992年1月)pp.3-5
杉本秀子「美術と文学の幸福な出会い―古賀春江と装丁」 『月刊美術』18巻1号(1992年1月)
杉本秀子「古賀春江の創作過程―水彩と油彩の共存について」/難波田龍起「古賀春江の世界」 『現代の眼』447号(1992年2月)pp.2-4
中野嘉一「古賀春江の詩について―古賀春江の短歌について 遺品スケッチ・ブックから」 『詩の家』92号[通刊170号](1992年2月)
〈特集 古賀春江〉田中淳「モダニズムの中の虚空」/島田章三「昭和初期を駆けぬけた古賀春江」 『三彩』533号(1992年2月)pp.40-55
菊畑茂久馬「古賀春江 前衛と土着―近代のアイロニー」 『美術手帖』651号(1992年3月)pp.106-119
松浦寿夫「古賀春江展 創作のプロセス」 『みづゑ』962号(1992年3月)p.132
中野嘉一「佐藤惣之助・竹中久七編『古賀春江詩集』」 『暦象』117集(1992年4月)
和田博文「詩画集というコンセプト―『古賀春江画集』の文脈」 『甲板』2号(1992年5月)pp.10-17
谷口治達「九州の画家―『竹林』古賀春江氏」 『財界九州』814号(1992年6月)p.5
阿部良雄「美術散歩―古賀春江」 『郵政』518号(1992年9月)p.17
赤松公子「古賀春江研究―古賀春江とクレーの関連において」 『岡山大学芸術学研究』3号(1993年8月)
杉本秀子「1929年以降の古賀春江」 『石橋財団ブリヂストン美術館・石橋美術館館報』41号(1993年11月)pp.35-45
徳田良仁「進行麻痺と芸術創造 古賀春江の場合」 『中外医薬』47巻1号(1994年1月)
大谷省吾「超現実主義と機械主義のはざまで―古賀春江、阿部金剛、東郷青児」 『藝叢』11号(1994年3月)pp.101-132
寺門臨太郎『日本におけるクレー受容の端緒』 『愛知県美術館研究紀要』1号(1994年3月)pp.31-48
村松裕美「古賀春江 窓外の化粧―修復報告」 『修復研究所報告』10号(1994年7月)
ワシオトシヒコ「名作鑑賞講座この人この一点 古賀春江『海』」 『芸術倶楽部』4号(1994年9月)
寺田操「古賀春江 空虚の距離」 『交野が原』37号(1994年11月)
  ※『金子みすゞと尾崎翠 一九二〇・三〇年代の詩人たち』(白地社、2000年2月)に再録
速水豊「古賀春江の超現実主義絵画と同時代のイメージ」 『美術史』137冊(1995年3月)pp.116-132
杉本秀子「古賀春江《素朴な月夜》について」 『石橋財団ブリヂストン美術館・石橋美術館館報』43号(1995年12月)pp.28-37
大谷省吾「福沢一郎とコラージュ―1930年代初期の日本におけるシュルレアリスム受容をめぐって」 『東京国立近代美術館研究紀要』5号(1996年3月)pp.55-76
山梨絵美子「麗しき前衛の時代―古賀春江と三岸好太郎」展 『美術手帖』731号(1996年9月)p.154
長門佐季「近代日本美術家列伝一〇一 古賀春江」 『美術手帖』742号(1997年6月)
杉本秀子「1929年の古賀春江をめぐって(「美術に関する調査研究の助成」研究報告)」 『鹿島美術財団年報』15号(1998年11月)pp.61-70
後藤純子「古賀春江関連記事目次(1957-1990年)」 『石橋財団ブリヂストン美術館・石橋美術館館報』48号(1999年12月)pp.69-78
大谷省吾「古賀春江とバウハウス―デザインの視点から」 『現代の眼』519号(2000年1月)p.13
大谷省吾「作品研究 古賀春江《海》のモダンガール」 『現代の眼』524号(2000年10月)pp.12-13
植野健造「『新収蔵・移管名作選』から(2) 古賀春江《美しき博覧会》」 『西日本新聞』筑後版(2001年1月24日)
中山公子「古賀春江の作品に見るグラフィズム(「美術に関する調査研究の助成」研究報告)」 『鹿島美術財団年報』18号(2001年11月)pp.631-643
紅野敏郎「本・人・出版社(38)古賀春江の没後詩画集『古賀春江』」 『国文学 解釈と鑑賞』67巻2号(2002年2月)pp.194-197
大谷省吾「作品研究 古賀春江《海》のモダンガール、再考」 『現代の眼』533号(2002年4月)pp.12-13
竹田博志「美の美 目のヒント㊤―古賀春江」 『日本経済新聞』(2004年2月15日朝刊)
速水豊「人と作品 古賀春江―超現実主義絵画へ」 『紫明』15号(2004年10月)pp.38-46
菅野恵理「古賀春江《蝸牛のいる田舎》」 『郡山市立美術館研究紀要』4号(2005年3月)pp.33-42
山村仁志「松田諦晶《迫暮の羽根大塚駅》」 『府中市美術館紀要』9号(2005年3月)pp.32-38
鶴田武良「中華民国教育部第一次全国美術展覧会出品日本洋画について―近百年来中国絵画史研究8」 『美術研究』387号(2005年10月)pp.259-280
鈴木勝雄「近代美術の東京 古賀春江『海』」 『読売新聞』都内版(2006年9月8日朝刊)
酒井哲朗「美を訪ねて(第46回)古賀春江《蝸牛のゐる田舎》」 『福島の進路』289号(2006年9月)pp.45-49
長田謙一「古賀春江『海』(一九二九)と〈溶ける魚〉―プロレタリア美術/マックス・エルンスト/バウハウスと転回する『機械主義』―」 『美学』57巻2号(2006年9月)pp.29-42
森山秀子「研究報告 松田諦晶と古賀春江―松田資料をもとに」 『石橋財団ブリヂストン美術館・石橋美術館館報』54号(2006年12月)pp.125-132
谷口英理「前衛絵画と機械的視覚メディア―古賀春江から瑛九へ(特集 昭和の美術)」 『近代画説』15号(2006年12月)pp.78-99
吉川登、松永拓己「鑑賞学実践研究14 古賀春江作《素朴な月夜》」 『熊本大学教育実践研究』24号(2007年2月)pp.37-45
浦田憲治「美の美 日本のシュルレアリスム―古賀春江」 『日本経済新聞』(2007年6月3日朝刊)
後藤耕二「古賀春江の絶筆への一考察」 『西日本新聞』(2007年9月29日)
長田謙一「古賀春江『海』(一九二九)・補説―工場群部分とイメージ変容」 『カリスタ:美学・藝術論研究』No.14(2007年)pp.76-91
高階秀爾「古賀春江の全貌展 前衛精神の底に爽やかな叙情性」 『毎日新聞』(2010年7月15日夕刊)
西正之「美の履歴書169 画面を区切ったわけ 「海」古賀春江」 『朝日新聞』(2010年8月25日夕刊)
白石知子「古賀春江回顧展 石橋美術館 絵と詩 膨らむ芸術世界」 『読売新聞』(2010年8月31日)
速水豊「前衛の時間―古賀春江の回顧展に寄せて」 『視覚の現場・四季の綻び』第6号(2010年8月)
海野弘「新しい神話がはじまる 古賀春江の全貌 絵画と文学 超現実的な対話」 『東京新聞』(2010年9月6日)
橋秀文「婦人像 新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌 ㊤」 『東京新聞』(2010年10月5日)
平井鉄寛「素朴な月夜 新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌 ㊥」 『東京新聞』(2010年10月6日)
窪田直子「「超現実」の源泉に迫る」 『日本経済新聞』(2010年10月6日)
長門佐季「海 新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌展 ㊦」 『東京新聞』(2010年10月7日)
高橋睦郎「日本近代表現者の宿命 神奈川県立近代美術館 古賀春江の全貌から」 『東京新聞』(2010年11月12日夕刊)
岡崎乾二郎「〈活動〉へのアート 第5回」 『atプラス』6号(2010年11月)
「特集 2010年年末回顧アンケート 美術界で活躍する人々に聞く」 『新美術新聞』1235号(2010年12月11日)
〈福岡県特集〉「古賀春江のシュルレアリスム」 『美術屋・百兵衛』No.17(2011年4月)
浦田憲治「美の美 川端康成の美意識①―古賀春江との出会い」 『日本経済新聞』(2011年5月15日朝刊)
大谷省吾「作品研究 古賀春江の《海》はどこの海?」 『現代の眼』588号(2011年6月)pp.11-12
李聖傑「川端康成「末期の眼」論 竹久夢二・芥川龍之介・古賀春江を中心に」 『社学研論集』19号(2012年3月)pp.98-113
黒沢義輝「古賀春江研究ノート―超現実主義と絵画」 『infans』16号(2012年8月)pp.102-147
蛭田安紀子「古賀春江が参照した映画関連資料について」 『実践女子大学美學美術史學』29号(2015年3月)pp.79-106


最終加筆:2015年6月12日
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  1. 2013/06/25(火) 19:00:00|
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作家に関する文献 逐次刊行物(戦前編)

赤城泰舒「太平洋画会展覧会の水彩画」 『みづゑ』101号(1913年7月)
「研究所だより」 『みづゑ』105号(1913年11月)p.35 ※日本水彩画会研究会所九月例会、図版掲載《曇り》p.21
「研究所だより」 『みづゑ』107号(1914年1月)p.26 ※新年会の役割について
「研究所だより」 『みづゑ』113号(1914年7月)p.35 ※水彩画会5月月次会、図版掲載《風景》p.25
「研究所だより」 『みづゑ』118号(1914年12月)p.35 ※第3回光風会展、図版掲載《風景》n.p.
「研究所だより」 『みづゑ』120号(1915年2月)pp.29-31 ※春江改名について
[題なし] 『みづゑ』143号(1917年1月)p.34 ※図版掲載《濠のほとり》n.p.
「日本水彩画会第四回展覧会合評」 『みづゑ』146号(1917年4月)pp.26-35 ※図版掲載《檜》n.p.
石井柏亭「日本水彩画会展覧会」 『中央美術』3巻4号(1917年4月)
「太平洋画会第十四回展覧会」/[題なし] 『みづゑ』148号(1917年6月)p.34/p.41 ※図版掲載《梧桐》p.28
「仮研究所より」 『みづゑ』151号(1917年9月) ※日本水彩画会
山脇信徳「二科会の出品作品」 『中央美術』3巻10号(1917年10月)
小山周次「海へ来て」 『みづゑ』153号(1917年11月)pp.34-38
小山周次「海へ来て(下)」/[題なし] 『みづゑ』154号(1917年12月)pp.23-26/p.41 ※図版掲載《波太風景四》p.26、《波太風景五》p.27
「日本水彩画会第五回展覧会合評」 『みづゑ』159号(1918年5月)pp.15-27
「日本水彩画会展覧会」(H) 『中央美術』4巻5号(1918年5月)
「仮研究所より」 『みづゑ』165号(1918年11月)p.49 ※古賀夫人上京
「仮研究所より」 『みづゑ』166号(1918年12月)p.33 ※古賀春江上京
「仮研究所より」 『みづゑ』167号(1919年1月)p.37 ※久留米帰郷
「年賀ハガキ調べ」/「仮研究所より」 『みづゑ』168号(1919年2月)p.21/pp.33-34 ※図版掲載《年賀ハガキ》p.17
「仮研究所より」 『みづゑ』170号(1919年4月)pp.33-34 ※水彩画会/1月月次会
寺田季一「『水彩画法』の崇―第六回日本水彩画会展覧会の感想」/[題なし] 『みづゑ』171号(1919年5月)pp.13-21/p.39 ※図版掲載《赤い屋根の家》p.15
平澤大暲「日本水彩画会」 『中央美術』5巻5号(1919年5月)
川路柳虹「二科会を評す」 『中央美術』8巻9号(1922年10月)p.81
中川紀元「二科会短評」 『みづゑ』212号(1922年10月)pp.7-9
石井柏亭「今秋の二科会」 『明星』2巻5号(1922年10月)
坂井犀水「二科作品小評」 『美術月報』4巻1号(1922年10月)
神原泰「アクションについて」 『中央美術』8巻12号(1922年12月)pp.2-15
中川紀元「『アクション』自讃」/神原泰「アクション展覧会雑記―御報告に代へて有島生馬氏に捧ぐ―」 『みづゑ』219号(1923年5月)pp.28-29 ※図版掲載《曲彔につく》p.19
「『アクション』造形美術展覧会」 『中央美術』9巻5号(1923年5月)
山本行雄「旗上げしたアクション展のこと―製作余稿(三)―」 『みづゑ』220号(1923年6月)
黒田重太郎「アンドレ・ロオト氏とロジエ・ビツシエール氏」 『中央美術』9巻7号(1923年7月)pp.2-25
黒田重太郎「二科にあらはれた反官学主義の諸傾向」 『みづゑ』225号(1923年11月)
「現代洋画家住所録」 『みづゑ』227号(1924年1月)p.61
篤二訳「巴里に於ける二科会評」 『みづゑ』229号(1924年3月)pp.28-30
赤城泰舒「日本水彩画会展覧会に就て」 『みづゑ』230号(1924年4月)pp.11-12
「日本水彩画会」(柏)/「日本水彩画展」 『中央美術』10巻4号(1924年4月)
税所篤二「日本水彩画展を見る」 『アトリヱ』1巻2号(1924年4月)
中原實「アクション」/村山知義「アクションの諸君に苦言を呈する」 『みづゑ』232号(1924年6月)pp.26-29
中原實「アクション展の意想的批評」 『中央美術』10巻6号(1924年6月)
「アトリエめぐり(四)もう完成させた春江さん 仏陀の『降誕』」 『中央新聞』(1924年7月29日朝刊)
『中央美術』10巻7号(1924年7月) ※「中川紀元氏 古賀春江氏等とアクション展を松本市で開いた。」
萬鉄五郎「二科会評」/遠山五郎「初めて見る二科の感想と作品の印象」 『中央美術』10巻10号(1924年10月)pp.18-32/pp.33-43 ※図版掲載《花》p.4
春山武松「二科会の概観」/野口草笛「アトリヱ順礼 中川紀元さん…」 『みづゑ』236号(1924年10月)pp.2-5/p.18
石井柏亭「二科会の諸作」 『アトリヱ』1巻8号(1924年10月)
「お釈迦様の誕生」 『みづゑ』238号(1924年12月) ※《生誕》口絵
平澤大暲「日本水彩画会展評」/「美術界消息」 『中央美術』11巻3号(1925年3月)pp.34-37 ※図版掲載《静物》p.35
小山周次「日本水彩画会十二回展覧会」 『みづゑ』241号(1925年3月)pp.38-39 ※図版掲載《静物》p.17
河野通勢「二科展覧会評」 『アトリヱ』2巻10号(1925年10月)pp.5-21 ※図版掲載《肩掛けの女》p.17
小寺健吉「二科会概観」 『みづゑ』248号(1925年10月)pp.5-7
鍋井克之「二科展に関する感想」/中川紀元「二科入選画の短評」 『中央美術』11巻10号(1925年10月)
「美術界消息」 『中央美術』12巻2号(1926年2月) ※水絵聯盟
「美之國消息」 『美之國』2巻2号(1926年2月) ※水絵同盟
「美術界」 『みづゑ』252号(1926年2月) ※水絵同盟
黒田重太郎「中央美術展の洋画」/鈴木亞夫「日本水彩画展を観る」 『中央美術』12巻3号(1926年3月)p.110/p.149
前田寛治「日本水彩画会展覧会評」/田垣内愛耕「日本水彩画評」 『みづゑ』253号(1926年3月)pp.22-27/p.45 ※図版掲載《花》p.22
鈴木亞夫「第七回中央美術展覧会の洋画」 『みづゑ』254号(1926年4月)
〈読者のページ〉毒蘭霊酔画房主人「画家の顔」 『アトリヱ』3巻5号(1926年5月)
前田寛治「聖徳太子奉讃展洋画部評」 『アトリヱ』3巻6号(1926年6月)p.14
木村荘八「太子展洋画」 『みづゑ』256号(1926年6月)pp.8-16 ※図版掲載《風景》p.11
「美術界消息」 『アトリヱ』3巻7号(1926年7月)p.160 ※洋画大家日本画展
萬鉄五郎「二科会の絵画」/佐藤春夫「二科会見物の走り書き」/石井柏亭「二科の入選画」 『アトリヱ』3巻10号(1926年10月)pp.57-58
「二科会会友に推された人々」/「ゴシップ欄」 『中央美術』12巻10号(1926年10月)p.121/p.166 ※古賀の視力について
神原泰「第十三回二科評」 『みづゑ』260号(1926年10月)pp.2-4 ※図版掲載《肖像》p.20
「美術家消息」 『アトリヱ』4巻2号(1927年2月) ※転居について
小泉癸己男「第十四回水彩画展略感」 『アトリヱ』4巻3号(1927年3月)
望月省三「日本水彩画会第十四回展覧会に就いて」 『みづゑ』265号(1927年3月)
〈新人小景〉林重義「春江君」/中川紀元「春江君十首」/横山潤之助「古賀春江君と私」 『中央美術』13巻4号(1927年4月)pp.83-88
田辺信太郎「第一回全関西洋画展覧会」 『中央美術』13巻5号(1927年5月)p.124
国枝金三「第一回全関西洋画展」 『アトリヱ』4巻5号(1927年5月)p.122
杉田秀夫「洋画展覧会を観る―林重義、吉田卓、古賀春江」 『美之國』3巻5号(1927年6月)p.107
「アトリヱ・グラフ」 『アトリヱ』4巻7号(1927年8月)p.2 ※写真掲載
木村荘八「二科会の風景画」/「三展三様」 『中央美術』13巻10号(1927年10月)pp.9-19/p.57 ※図版掲載《窓》p.12、《第14回二科展ポスター》p.57
宮坂勝「二科展評」/杉田秀夫「二科展の絵画を観る」 『みづゑ』272号(1927年10月)pp.5-8/pp.17-19 ※図版掲載《動物》n.p.
「二科会雑話」 『美術新論』2巻10号(1927年10月)
前田寛治「優位に主観主義の作家―二科展批評―」 『アトリヱ』4巻9号(1927年10月) 
「美術界消息」 『美之國』4巻1・2号(1928年2月)p.157 ※十二月会
里見勝蔵「第十室」 『中央美術』14巻9号(1928年9月)
中山巍他「二科連評」 『みづゑ』284号(1928年10月)pp.8-14 ※図版掲載《生花》n.p.
山上嘉吉「第十五回の二科会を批判す」 『美術新論』3巻10号(1928年10月)
志保谷達郎「二科展洋画評」 『美之國』4巻10号(1928年10月)
山崎省三「二科会私論 第十五回展覧会を観て」/前田寛治「二科展総評」/矢部友衛「二科展批評」 『アトリヱ』5巻10号(1928年10月)
高畠達四郎「中展の洋画を評す」 『中央美術』15巻5号(1929年5月)p.12 ※図版掲載《無題》
前田寛治「中央美術展評」 『みづゑ』291号(1929年5月)pp.26-27 ※図版掲載《樹下三人》n.p.
尾崎三郎、橋本徹郎、福田新生「中展洋画合評」 『美術新論』4巻5号(1929年5月)
橋本徹郎「第十回中央美術展覧会」 『アトリヱ』6巻6号(1929年6月)pp.72-75
北園克衛「未来の麦酒―古賀春江のELECTRICITE」 『中央美術』15巻6号(1929年6月)pp.77-79
「雑報」 『みづゑ』292号(1929年6月)p.48
渋谷於寒「現代異端画人伝のうち(九)―古賀春江」 『グロテスク』2巻9号(1929年9月)
『アトリヱ』6巻9号(1929年9月) ※《素朴な月夜》解説
国枝金三「二科会瞥見」 『週刊朝日』16巻10号(1929年9月8日)
「二科合評」/矢部友衛「二科本年度の一般的傾向」 『アトリヱ』6巻10号(1929年10月)pp.6-31/pp.40-43 ※図版掲載《海》p.39
外山卯三郎「日本洋画界と二科の価値」/荒城季夫他「二科を語る」/志保谷達郎「二科展評」 『美之國』5巻10号(1929年10月)
東郷青児「二科会の諸作」/荒城季夫「二科に於ける近代性」 『みづゑ』296号(1929年10月)pp.4-7 ※図版掲載《海》n.p.
槐樹社同人「二科展雑観」/鈴木千久馬「二科を評す」/高畠達四郎「二科会評」 『美術新論』4巻10号(1929年10月)
「美術界ニュース」 『美之國』5巻12号(1929年12月)p.121 ※漣洋画会
竹中久七「昨日のMEMO」/村木竹夫「二科の超現実派に就て」/村木竹夫「古賀春江氏のポエジイに就て」 『FANTASIA』2輯(1929年12月)pp.45-46
  ※『リアン』4輯より抄録/p.52/p.53
阿部金剛「『屋根の上の牛』にて」 『アトリヱ』7巻1号(1930年1月)pp.62-65
「一九三〇年協会第十一回美術講演会」/「美術界雑報」 『みづゑ』299号(1930年1月)p.28
小島善太郎「一九三〇年協会展覧会第五回展に際して」 『美之國』6巻2号(1930年2月)p.61
「新説紹介―古賀春江氏の現象学的超現実主義芸術論」 『リアン』5輯(1930年2月)p.29
石井柏亭「此頃の水画―日本水彩画会展に関して」 『みづゑ』302号(1930年4月)pp.20-21 ※図版掲載《優美なる遠景》p.22
阿部金剛「舞台装置雑記」 『アトリヱ』7巻8号(1930年8月)pp.1-3(147-149)
『アトリヱ』7巻9号(1930年9月) ※図版掲載《素描》p.129
荒城季夫「二科のグリンプス」 『美之國』6巻9号(1930年9月)pp.12-18
外山卯三郎「二科展評」 『みづゑ』307号(1930年9月)pp.2-5
横川三果「第十七回二科展を評す―尖端的傾向を主題として」/神原泰「二科評」/楢原豊一「二科展を見て」 『アトリヱ』7巻10号(1930年10月)pp.2-15/pp.16-24/pp.26-35
  ※図版掲載《涯しなき逃避》n.p. 《素描》p.127⏎
矢野文夫「二科印象」 『美之國』6巻10号(1930年10月)pp.67-69
「アトリエめぐり」 『文學時代』2巻10号(1930年10月)pp.9-10
『若草』6巻10号(1930年10月) ※図版掲載《窓外の化粧》n.p.
伊原宇三郎他一九三〇年協会「二科展合評」/熊岡美彦「二科展の招待日瞥見」/福島繁太郎「二科漫談」/仲田定之助「二科の超現実主義的作品」/堀田清治「二科展感想及び批評」
  /峯岸義一「二科尖衛群の検察」 『美術新論』5巻10号(1930年10月)⏎
鈴木賢二「蒼白と深紅の美術界」 『若草』6巻12号(1930年12月)pp.76-79
多田信一「二科主催日本アンデパンダン展」 『アトリヱ』8巻4号(1931年4月)
「セルパン抄」 『セルパン』2号(1931年6月)p.46 ※「古賀春江氏 新聞挿絵に新聞社の註文が氏を困らせてゐる。」
「雑報」 『美術新論』6巻9号(1931年9月) ※津田青楓上野洋画研究所批評会
「アトリヱ・グラフ アトリエを巡る4 古賀春江氏」 『アトリヱ』8巻9号(1931年9月)
「二科・院展・青龍社に對する我等の批判」 『みづゑ』320号(1931年10月)pp.2-5 ※図版掲載《現実線を切る主智的表情》n.p.
K・T「二科会批判 古賀春江の観念形態芸術について」 『リアン』10輯(1931年10月)
荒城季夫「二科展批判 科学的批評の立場に於いて」/仲田定之助「モダニズムの部屋」/「二科展を中心としての座談会」/太田黒克彦「『二科展』素人見物記」 『美術新論』6巻10号(1931年10月)
木村荘八「二科概観」/福沢一郎「二科評」/矢部友衛「二科評」/三岸好太郎「二科感想」/尾川多計「二科の九号室―現実遊離主義の諸作品―」 『アトリヱ』8巻10号(1931年10月)
木村荘八「第十八回二科展偶感」/矢部文夫「一九三一年の二科展」/中山巍「二科展概評」 『美之國』7巻10号(1931年10月)
村木亜夫「古賀春江氏と阿部金剛氏と」(上)(下) 『萬朝報』(1932年2月4日、5日)
「雑報」 『美術新論』7巻2号(1932年2月) ※転居について
「アトリヱ・グラフ 国吉氏の二科会入会披露」 『アトリヱ』9巻3号(1932年3月)n.p. ※写真掲載
「『趣味十二月会』会員公募」 『みづゑ』326号(1932年4月)p.40
多田信一「水彩画界展素描」 『アトリヱ』9巻7号(1932年7月)p.57
赤城泰舒「日本水彩画会展評」 『みづゑ』329号(1932年7月)pp.21-23 ※図版掲載《花野原》
石井柏亭「日本水彩画会」 『美術新論』7巻7号(1932年7月)
中西利雄他「日本水彩画展批評」 『美之國』8巻7号(1932年7月)
「美術界ニュース」 『美之國』8巻8号(1932年8月)p.87 ※科外美術協会自由研究所
「附録」 『美術新論』7巻9号(1932年9月) ※科外美術協会自由研究所
「アトリヱ・グラフ 古賀春江氏と愛犬」/荒城季夫「二科展を観る」 『アトリヱ』9巻10号(1932年10月)n.p./pp.13-16 ※写真掲載、図版掲載《白い貝殻》n.p.
川路柳虹「二科会一巡」/福沢一郎「No.5 二科の前衛室」 『みづゑ』332号(1932年10月)pp.2-4/pp.8-10 ※図版掲載《孔雀》n.p.
荒城季夫「二科展印象」/大山広光「二科会を観る」 『美之國』8巻10号(1932年10月)
福沢一郎「二科展の第五室」/「街のエスプリ」 『セルパン』20号(1932年10月)
福島繁太郎「二科会を観る」/清水登之「二科会を見る」 『美術新論』7巻10号(1932年10月)
『みづゑ』338号(1933年4月) ※図版掲載《鳩の唄》n.p.
松原淑「日本水彩画会展」 『アトリヱ』10巻4号(1933年4月)
「日本水彩画会展」 『美之國』9巻4号(1933年4月)
川端康成「作家との旅」 『若草』(1933年5月)、『黄道』(1933年5月)
東郷青児「二科のアヴァン・ガルド」 『みづゑ』343号(1933年9月)
阿部金剛「古賀春江の死と其の前後」(上)(下) 『名古屋新聞』(1933年9月15日、16日)
「アトリヱ・グラフ」/広津和郎・林倭衛「二科評」/〈故古賀春江氏〉石井柏亭「古賀君の作品」/竹中久七「詩人としての古賀春江」/仲田定之助「第二十回二科会展所感」
  『アトリヱ』10巻10号(1933年10月)n.p./pp.16-21/pp.28-29/pp.29-30/pp.34-36⏎
「古賀春江氏逝去」 『中央美術』復興3号(1933年10月)p.83 ※図版掲載《サーカスの景》p.83
大山広光「美之国展望台」/荒城季夫「二科展評」/中村研一「二科出品画評」/横堀角次郎「二科展寸感」/福沢一郎「二科の新傾向絵画」
  『美之國』9巻10号(1933年10月)pp.44-45/pp.46-49/pp.50-52/pp.60-61/pp.62-63⏎
橋本八百二「二科展感想」/荒城季夫「第二十回二科展を観る―形式主義の没落―」 『美術新論』8巻10号(1933年10月)
外山卯三郎「二科の二十回展」 『セルパン』32号(1933年10月)
福沢一郎「古賀春江氏遺作水彩画展」 『みづゑ』345号(1933年11月)p.30 ※図版掲載《静物》《窓外風景》
〈六号雑記〉小林秀雄「故古賀春江氏の水彩画展」 『文學界』1巻2号(1933年11月)
K・T「古賀春江氏の死因に就いて」 『リアン』16輯(1933年12月)pp.2-3
川端康成「末期の眼」 『文藝』1巻2号(1933年12月)pp.24-35
田沢田軒「一九三〇年協会と独立美術」(中) 『美術』9巻2号(1934年2月)pp.60-64
川路柳虹「今秋の院展及び二科」 『中央美術』復興15号(1934年10月)pp.13-22
猪熊弦一郎「二科展評」/中山巍「二科展を観る」/宮田重雄「二科会評」/「故古賀春江一周忌追悼会」 『みづゑ』356号(1934年10月)pp.10-11/pp.12-14/pp.15-16/p.32
「古賀春江氏作『風景』に就いて」(編輯子) 『美術』9巻10号(1934年10月)
妹尾正彦、田中行一、小松清、三浦逸雄「二科展の実証批評」(座談会の形式で) 『セルパン』44号(1934年10月)
小山周次「純情の画青年たりし古賀」/中川紀元「内省の苦闘に終始せる生涯」/「古賀春江の詩」/「新刊紹介 古賀春江 古賀好江編」 『中央美術』復興16号(1934年11月)pp.30-34/p.22(後付)
  ※『古賀春江』(春鳥会、1934年9月)より抄録、図版掲載《朧ろなる時間の直線(部分)》
〈季節のカイエ〉福沢一郎「『古賀春江』其他」 『詩法』4号(1934年11月)
「知恩院の寺宝 出世作『埋葬』を献納」 『東京日日新聞』(1935年2月28日)
江川正之「東郷さんの「古賀春江」」 『書窓』1巻1号(1935年4月)p.54-
瀧口修造「古賀春江遺作展」 『国民新聞』(1935年8月1日)
  ※『コレクション瀧口修造』別巻(みすず書房、1998年7月)に再録
「開かれた展覧会」 『中央美術』復興26号(1935年9月)p.4(後付)
佐野年一「古賀春江の思出」 『筑後』5巻6号(1937年6月)pp.10-15
小島善太郎「一九三〇年協会時代」 『美之國』14巻2号(1938年2月)pp.36-38
瀧口修造「或る年表への註釈」 『美術文化』2号(1939年12月)
  ※『コレクション瀧口修造』13巻(みすず書房、1995年6月)に再録
  1. 2013/06/24(月) 23:00:00|
  2. 文献目録
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岡吉枝(古賀好江)宛絵葉書 大正4年12月14日

   大正四年十二月十四日 〔久留米〕春
     三井郡御井町 伊藤医院御内 岡吉枝様みもとえ

 また/\厭な天気になりました 俺はどう強いか見せてやる──こう自ら空元気を出して何物かにどなつても所詮は小さな私の心に帰るのです 眼に見えぬその何物かを慕つて実現と〔#「実」と「現」の間に漢文のレ点〕空間の細い/\一本道を辿るのが繊細い私の一生であつて見れば 如何に我世の旅路の淋しいことか 十五日もし雨でなかつたらおひるから参ります 一時半頃になるでせう 雨は降らなくとも今にも降り出しさうだつたら参りません これもいろ/\迷つた末ですよ さよなら



底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版、1984年)p.291
  1. 2013/06/13(木) 20:00:00|
  2. 書簡
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北園克衛

北園克衛(きたぞの・かつえ) 1902年10月29日〜1978年6月6日

詩人。[著名な人物につき、プロフィールのうち古賀春江と関係の無い部分を省略致しました。お知りになりたい方は各種人物事典を御参照下さい。]古賀春江は北園との交流からジョルジョ・デ・キリコへの傾倒が強まったといわれている(註1)。


(註1) 「古賀春江《白い貝殻》(文責:佐藤みちこ学芸員)」 『ポーラ美術館名作選 絵画』(ポーラ美術館、2002年)p.178

参考ウェブ資料:
「古賀春江《白い貝殻》」(ポーラ美術館 収蔵作品のご紹介) http://www.polamuseum.or.jp/collection/02_04.php?collectiondataid=125 2012年8月20日閲覧
  1. 2013/06/10(月) 00:00:00|
  2. 人物事典
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牛島磐雄

牛島磐雄 1903年9月14日〜1986年1月26日

洋画家。福岡県久留米市出身。来目会会員。『祝という男』で1940年下半期の芥川賞候補となった牛島春子は妹。1922年頃、来目会に入会。1926年頃から古賀春江と親交を深め、交友は古賀の死まで続く。1975年、長崎で回顧展が開かれる。


参考ウェブ資料:
「牛島春子(スカラベ人名辞典)」(スカラベの会) http://www.k3.dion.ne.jp/~scarabee/sukajin-a-u.html 2013年6月8日閲覧
  1. 2013/06/09(日) 00:00:00|
  2. 人物事典
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竹久夢二

竹久夢二(たけひさ・ゆめじ) 1884年9月16日〜1934年9月1日

画家、詩人。[著名な人物につき、プロフィールのうち古賀春江と関係の無い部分を省略致しました。お知りになりたい方は各種人物事典を御参照下さい。]古賀春江は若い頃、夢二に傾倒しており、結婚前の好江夫人にラブレターと思しき自作の夢二調の絵葉書を頻繁に送っている。また、古賀はのちに夢二の展覧会を観て、「アゝ夢二の絵は気持ちがよかつた」「一寸甘くてもいゝ気持ちになる」「夢二のはニコ/\して見られる。肩がこわらない。夢二はえらい」と、松田諦晶宛の書簡(大正8年6月18日付)に書いている(註1)。生前、古賀が夢二と面識があったかどうかは不明である(註2)。


(註1) 古川智次編『近代の美術36 古賀春江』(至文堂、1976年)p.27
(註2) 橋秀文「古賀春江の初期のスケッチブック―北原白秋への憧憬から旅立ちへ―」 図録『新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌』(東京新聞、2010年)pp.161-165
  1. 2013/06/08(土) 01:00:00|
  2. 人物事典
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