古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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一人の神話

憂欝なる斜線を引かれた宝石色の賓客
鞠を持つた自転車
彎曲せる理想が揺れるのです
千鳥よ 千鳥よ
蒲団が重いとあなたは何時も寝言を言ふ

   (一九三一)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.145
  1. 2014/09/11(木) 22:30:57|
  2. | コメント:0

精神のとある一瞬に見得るもの或は遠景の拒絶

街角を曲る水の色は
壮厳なる帽子を映すであらうか
其所で尖鋭なる光る花等の行進を見給へ
彼女等は笑ひの凡てに対して
光栄なる脚を捧げる
潜航艇の如き直線形態で
時にフラ/\として空中に蝶等の甘い唾液を吸ひ
雲の上の皿から
香りのよいパイプの如く飛行するその古風な習慣を学ぶ時には
燦爛と岸に燃ゆる彼女等を見るであらう
永遠の仮定は常に立派で純粋である
既に人間の心臓は溢れる波の川であるとする倫理学の学的効果は
人間等の均整の正しい帽子の中では探し出す事が出来ないのである

   (一九三一)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.144-145
  1. 2014/09/11(木) 22:30:06|
  2. | コメント:0

黎明の脚

青い薄暗の空間
地平線が波状形に──下は真黒い闇
白い煙の如き線が昇る ゆらゆらと
それは先端に凌宵花の〔#「宵」の横に「霄」〕花を開く
真中に静止してゐるのはガラスのコツプで
赤い球がその冷い水の中に浮いてゐる
それは道徳的な数字が創り出した地球滅尽の極限図であらうか

少女達が嬉々として通り過ぎる
何を話してゐるね
青い青色の中を
眼鏡をかけてゐない眼は無花果のやうに甘い
彼女は途中下車をするかも知れない
雪だ 雪だと思つてゐます

こゝの大気に馴れないのですね
地平線を見ながら
脚でポンポンと蹴るので
地球は少しづゝ歪んでゆきそうです
早く切手を貼りませう
今はもうほのぼのとした夜明けです

   (一九三〇)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.143-144
  1. 2014/09/11(木) 22:29:16|
  2. | コメント:0

水中の針

今日は晴れだから
眼の上の青い林檎が光つてゐます
眼の上の青い林檎は人々の眼の上にあります
人々は青い色を想ひ出しながら望遠鏡を眼にあてます
レンズに映つてゐる蒼い額は後れ毛を気にしてゐます
額は後れ毛を風になびかせながら昇つて行きます
上の方の水の中に入つてゆきながら
額の管は笑ふのですよ
こんなに確然とした真理があつた筈なのに
それは向ふの方で繩飛びをして見せようとしてゐるのです
全裸の乙女達は何時も美しく可憐です

   (一九三一)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.145-146
  1. 2014/09/11(木) 22:28:01|
  2. | コメント:0

深夜の風景

凡ての物音の絶えた真白な深夜の時間を見給へ
白い時間の風景を見給へ
凡ての現象が真正面に生きて
実に生き生きと躍動してゐる
その表情の美しさ

大きく光を強くした
北極星が遠い向ふ側の太陽と合図をして
海と空とが一帯になつて万象を包んでゐる
魚族と鳥類との交驩
星と樹木等の握手
いろ/\の昆虫と草叢の小さな花々との可愛い遊戯
だまつて動かずに微笑してゐる野道の小石
眠つてゐる人間や色々の動物の会話
それは真つ黒な闇の包囲の中で
表も裏も音がなく
無類の明るさと美しい色彩とに彩られて
此上もない真実を生きてゐる
深夜の風景を見給へ

   (一九三三)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.150-151
  1. 2014/09/11(木) 22:26:56|
  2. | コメント:0

病床にて

     これは入院してから出来た詩で御座います。病的に誤字や脱字やその上乱れき
     つた字画に、それを読む私も頭が変になつたやうな気がしてやつとこれだけ書
     き抜きました。解らないところはそのまゝあけて置きました。(好江)


      1
僕は一人の男を後ろから見た
路が曲りくねつた山の小路であつた
不思議な事には
この男に何かの暗示を与へるやうに
僕はこの男のする通りな身振りでやつてゐるのだ

その男は右の小路へまがつた
名のわからぬ小草が其等の小花が一杯咲いてゐる
僕もすぐその後ろから右に曲つた
真黒い水の溜つた古い池があつた
男は池の端で止つた
男は妙な音出す音の口笛を吹いた
静々と黒い水の池の中に平気で入つて行つた
その男の出て来るのを待つてゐたが
男の姿は向ふ岸にでも何所でも見えなかつた
青い月がこの空に出た

      2
理想を持つて窓から空を見る
甚だ僕は悲観したのだ
向ふ室に花鉢が置いてあつたのが
今日はどうしたのかその窓に置いてはなかつた
僕は一寸僕の窓の外を見ると
何と不思議に僕の窓の外にその花鉢が置かれてゐた
この事件はそのまゝで済んだが
現実の真理といふものにふれたやうに思つた

      3
歴史の地図を見給へ
一本の線にも正しい線はない
交錯乱舞何だか薩張り判らない
死んだり生きたり噓を言つた ほんとうを言つた
私はやり切れないので無我の
地理を蹴やつた

      4
青い樹木の間に立つて
白い肉体の肉の中を
 〔#空白に「ママ」の注記〕の丘を越しながら
妙な音を聞いて
眼を閉ぢた
人生とは玉の如き
ころ/\とした球で
摑み所のないものだ

      5
川ばたの
脚の長い黒い鳥であつた
黙つたまゝ身動きもせず
汽車が遠く走つて行つたが
山の彼方は白々と寒かつた
私は寒さを感じた
あの人の眼を愛して
肩先の流れた線がかすかに見える
そのまゝで
私はその流れる時間を感じた

      6
青苔のなめらかな上を
青い蛙が飛び遊んでゐる
蛙はどこから来たらう
飛びたいアノ目の美しさ
アノ姿の美しさ
世界中の  〔#空白に「ママ」の注記〕踏みつけて
独りで

      7
ベルグソンは空間を時間の堕落したものであると言つた
人は時計で時間を計らうとする

月の夜の小鳥の声で人は泣く
涙の羅列でデパートのネオンライトを光らした
女達は無暗に子供を産んで
子供が産れると御目出度うと言ふ
みんな愛の機上で造花の宴会をやつてゐる

空が拭き清められた銀色の遠き
あなたのお好きな白い雲です
木肌がそれを露して林の中で光つてゐる

掌に刻んだ地図 それは歴史である
この銀球は何といふ光の球であらう
鉄の門があるので一寸入り難い
流れる水は純粋で美しい

      8
田の中の細い道を一人歩いて行く
青黒い山辺の中で
何も知らぬ小鳥の声が聞えて
何にも無い空の上に月が一つ
ちつとも動かないので張紙のやうに寒
黒猫がその上にだまつてゐる
月と黒猫と二つで一つのやうになつていつまでも黙つてゐる

      9
花園の花の白や黒や
匂ひの日の高いところで
いつも彼女の姿を見た
窓ガラスの曇つたやうな日であつた

何と一人の淋しさ
クラリオネツトが遠い音
音も淋しい
桐の花もしろい
白い音 白い世界

      10
杉の中の細道を
小牛を引いた少年が
小唄をうたひ乍らのどかに通る
唄は  〔#空白に「ママ」の注記〕としてゐるのだ
索かれた小牛は嬉しそうで
山の    〔#空白に「ママ」の注記〕淋しい風景
私はそれ等の風景に見入る
何と美しい景色であらう
思想は山の頂上にもあるものか
思想は人間の中より飛行して
中空の景色の中に入つて行くのか
何もない白い世界となつて
中央の空の中から
命令する声が聞える
人はそれに返 〔#空白に「ママ」の注記〕して生きてゐる
真の白い白へ赤青緑の音を記入して

      11
愛と言つたらおかしいか
 〔#空白に「ママ」の注記〕つた速い眼の速度
あたゝかい湯のやうな水の中で
浮いてゐるくらげを思ひ
あたゝかい湯の水は不思議なもので
ゆれて生死の  〔#空白に「ママ」の注記〕い願望

      12
チヤツプリンの喜劇を見て
みんなよろこぶ
どうしてなのかおれにはわからない

私は彼の笑ひ顔を
彼ほど世に悲しい笑ひ顔は無い
彼の笑ひ顔は私の笑ひと一つだ

彼は  〔#空白に「ママ」の注記〕の友達や女達に
散々に馬鹿にさせ

怒気は天に勝つた
それは笑つてごま化した
思ふだに私は涙が出る

      13
顔といふもの程不思議なものはない
見れば見る程不思議なる存在である
在るやうな 無いやうな不思議極る存在である
顔といふもの程不思議なものは世の中に無い

      14
みかんの花の白の美しさ
匂ひの高い日で
いつも彼女の   〔#空白に「ママ」の注記〕を想ひ出し
窓ガラスの曇つたのを拭ひ拭ひ(失ひ夫ひ〔#「夫」に「ママ」の注記〕)

何とひとりの淋しさ
クラリオネツトを吹く遠い音
美しい音だが淋しい
桐の葉も枯れて落ち散つた林風

      15
考へて見るとどうしても
残(無)こくだ
どうでも  〔#空白に「ママ」の注記〕な生
邪魔な悪人の手
下ろしてくれる手々
何を言ふても
ほんの少しも意識ない

      16
どこまでも
浅く続いて行く
岩の上の星かげ
 〔#空白に「ママ」の注記〕かかんがへる事はみんなうそ
くろい花
小鳥等は何か
喜びに歌ふ

      17
遠く来
別れし人の
ひたぶるに
日夜の無音を

空の色

      18
そのかみの
花は散つたか
ガラス玉の窓

麓の二人
は並んでる

並んでゐ
二人の並んでゐる人

近頃の妻君は大概月払ひである
洋服と同じく

      19
無日 〔#空白に「ママ」の注記〕生きてゐるといふ
人間は

    〔#空白に「ママ」の注記〕泣いたり 歌つたり
画の上を塗つたり
遠方を空想したり

心を捨てよ
純精に生きゆけ

      20
凡ての現実が影である
空の中の幻想よ(幼児よ)
光りの逃げた景色
おたまじやくしの浮いた池

水草の花の赤と白とが
何かの音楽を奏して
私はそう自家の窓を想ふ
今日は動かない

   (一九三三)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.151-164
  1. 2014/09/11(木) 22:26:00|
  2. | コメント:0

水絵の職能とその限界に就いて

 生命力は限りもなく自らの生長を希求し、我々の創造力を刺戟して表現へと駆り立てる。画家は何に縁つてこの自らの表現慾を満す可きか、其の手段として使用される可き材料に就いても文字通りの自由を持つだけ、それだけ我々はその撰択に考慮を要する。完全なる表現は、内なる我等の慾求と、外なる材料と手法との過不及なき渾一融合に俣たなければならないからである。
 我々の表現上に於ける水絵は、実に愛さる可き好き材料の一部面である。
 茲に手法と材料上により観たる水絵の職能に就いて考へるに、創作過程に於ける凡そ二つの段階を占めるかの如く思惟されるのである。
 我等の表現慾が余りに突発的に急拠にして再考練習す可き時間の余裕を容さず、その材料を択ぶ可き場合、即ち瞬間的感興が一時に慂出する場合が一である。それは実に屢々我等の日常経験する所であつて、斯くの如き場合に於てはその単的にして〔#「単」の横に「端」〕要約されたる表現に最適なる水絵は実に好箇の技法である。
 又他の場合に於ては充分に練達されたる技術の上に於て、嘗て修得したる感じの表現をその特性に応じて為されるもの二である。この場合に於ては技巧上に永き修練の経験を要するもので、それの一集大成と見做されるものである。
 この外に猶ほ或る制作の下絵として予め試作される場合もある如く思ふがそれは茲で第一の場合に入れる。
 前者に於ては感興表現慾が主となり、その余りに瞬時的沸騰なる為めに──或は斯くの如き必要の為めに──その最も単的なる〔#「単」の横に「端」〕材料を択んだので、結果に於て軽妙洒脱なる即写画を成すものであり、後者に於ては永き修練より得たる体験の累積に依つて予めその結果を予定して為されたる完成品である。
 両者ともに清朗なる一味の気稟と流麗なる柔か味とは、他の幾多の材料より区別さる可き水絵の特質であり、又その深狭にして雋鋭なる表現はこの一般的特性と云ふ可きである。
 即ち、表現上より観たる水絵の位置は、主としてこの二つの階程に立つものであつて、その中程に於ける表現、例へば、永き時間と労力とを要する堪念なる〔#「堪」の横に「丹」〕制作の如きには不適当と見られるものである。嘗ては、水絵を以て油絵の如く濃厚に微細になどの論もあつたやうに思ふが、それ等は凡そ水絵の本質を思はざる、または誤認したる説と見るべきで、材料の相違は必然に効果の相違を想ふ可きである。一つの制作に、対象の中に没入して永き時間を費し、追及の上に追及して顔料を重厚に重ねる事は、水絵本来の繊細優美なる流動性を殺し、凡ての芸術に必須欠ぐ可からざる生新の気を刹ぎ〔#「刹」の横に「殺」〕、而して単的なる〔#「単」の横に「端」〕表現の持つ矜りである所の積極性を鈍らす。
 我々の今日の生活は複雑多端、表現の材料方法も亦無限豊富を有つものであるが、自由であると共に一面又苦難に満ちた現在に於て、或る朗らかな感懐も限りなく懐かしきものであるが如く、重厚なる材料の間に淡淡たる水絵も必要以上に望ましきものである。
 然し、総じて或るものゝ特性は、又一面自らそのものゝ限界をなすものである。水絵に於けるそれもやがてはそれ自身水絵の境域を画する境界線である。
 故に今日の如き我々の日常生活に於て、或る限られたる境域内に自らを繫縛する事は、この多角的感情の奔溢を遮蔽し、自由なる生命力の進展を阻止し、腐水の如く萎微沈滞せしむる因となるのである。これは真に自己自らを殺すことでなくて何であらう。
 現在我々凡ての覊絆より解放されてゐる生命は、歓びに充ちて充溢する──創造から創造へと。水彩画家といふ言葉、水彩画界といふ言葉、それ等は今日そのまゝ通用さる可く余りに不思議である。水彩と〔#「彩」に「ママ」の注記〕云ふ一の材料は、或る場合の或る感情によつて生かされる。決して我々の高翔飛躍する生命全体をそのまゝ托する力に堪え得ないものと思はれるのである。
一部の人達の如く、水絵を全部的に封鎖し、或は他の材料(油絵等)の従属的関係に於て見る偏見固陋の愚も嗤ふ可きだが、又一方に水絵の能性を誤算して凡ゆる多方面を持たせやうとするものも、まさに水絵の特質を失墜せしめ過信の結果は却つてその独立性を稀弱ならしめるものである。
 材料を材料として如何に生かす可きかは我々が製作に臨んで充分考慮すべき問題である。
 我々は今日の世界に於て何物にも優つて美術家の勝利を確認する。嘗て前世紀の人類が恐らく予想だもし得なかつた能力を代表して、彼等の熱情と信念に依つて賞讃措く能はざる美の境地を拡充伸展し、人類文化の前線に立つて美術家はその指標となつた。疲れることを知らない熱心と、止まることを知らない情熱の炎とに依つて、彼等はその身辺にある凡ての物質を材料として、彼等の世界主に捧ぐ可き新しい花束を拵らへる。昨日も、今日も、おそらく明日も。
 彼等の努力は真に真剣でありまた狂歓である〔#「狂」に「ママ」の注記〕。我々はそれ等今日の道を開拓して呉れた先輩達を礼讃渇仰し感謝すべき多くのものを持つ。而も時々日々動揺し変転し進歩して止まない我々の周囲に対して一日も晏如《あんじょ》たることは出来ない。明日の為めに今日の道を今一歩進めなくてはならないのは我々の義務である。嘗ては先人の残して呉れた道をそのまゝに、安らかな歩みを運べばよかつたかも知れない。然し「師恩」は今日別の解釈に於て感謝されなければならない。それこそ実に我々自身の力に於て。



初出:『みづゑ』222号(1923年8月)pp.2-3
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.16-19
  1. 2014/09/11(木) 22:21:20|
  2. 評論・随筆等
  3. | コメント:0

思ひつく事など─二科と院展 新人の生活態度と其芸術観

 写実の本道といふやうな言葉がこの頃よく言はれますが仲々難かしい言葉だと思ひます。客観的にそういふ言葉が言はれ得るか一寸考へさせられます。画家が彼等の生活に忠実であり真剣であつたならば、その作る所の作品はとりもなほさず真剣であり正直であるでせう。それが私は画の本道だと思ひます。そしてそのことを措いて他に本道と言ふ言葉は無いのではないかと思ひます。ですから今日までにあつた­­­­──あるひは今日ある所の凡ゆる流派の他にあるたつた一つの境地に住む作家でも、彼は彼自身を表現してゐることに於て真剣で正直であるならば、とりもなほさず本道を歩くものとしなければなりません。
 芸術の本道とは既定された外的条件の準繩《じゆんじやう》にあるものでなく彼自身の内的表現そのものにあると思ひます。何物にも拘束されない純にして自由な、彼そのものゝ表現を措いて本道はないと思ひます。然し、その表現する主体である彼自身──客観的に言へば個性──それをも軽々しく肯定速断することもむづかしくはないでせうか。
 一体、つきつめた意味での個性などゝいふものが在るか無いかさへ疑問です。昔から自我否定の思想といふのが維摩《ゆいま》や釈迦等によつて説かれたそうですが、それ等の考へに随へば元来自我などゝいふものはこの世の中にないので、それがあると思ふのは認識不足から来る錯覚だといふそうです。結局人間といふものは生きてゐるのが間違へだといふことになりませうが、といつて自殺することも出来ない。自殺─行為─は矢張り三界輪廻《さんがいりんね》の業《ごう》を新しく一つ増すことになる。自殺といふことが既に自己を認めるからでそもそもの間違ひといふのだそうです。人間は何にも思つてはいけないし行ふことは猶更いけない無意志無行為空々寂々で〔#「寂」に「ママ」の注記〕居なければならなくなり、そうすると画を描くことなど大体最初から罪悪で高人の恥とする所になりそうです。そういつて終へば話はそれ切りです。又目下の所そんな話が出ても仲々そうとは悟り切れない。で結局下手くそな画を描いては展覧会へ出品して及落に赤くなつたり青くなつたりするやうなことになります。だからそうやかましく自我を考へないで先づ見た所その人々の稟性の相違位な所で片づけて行かないと面倒なやうです。ですから各自が正直に真面目にやれば、それが一番本当だと思ふ他はありません。

 何時も大概洋画の展覧会ではそうですが、今度の二科〔第十三回〕でも、気の附くことは題材が大抵似通つてゐて変化に乏しいことです。そんなことは下らないことだ題材などみんな同じでもよいではないかと言はれゝば、之もそれ迄の話ですが変化があつてもよいとしたら私にはその方が面白く思はれます。
 写生の時間が大体午前七八時から午後五六時までのもので、その少し前後になると描きにくいせいもありませうが、夜景─月夜とか黎明─日の出とかはこん度はなかつたようです。雨の景色も─雪はありましたが─嵐のもやうなどもなかつたやうでした。それから海の景色は可なりありますが日本の地理から関連して考へて見ると多い方とは言へません。谿谷や泉や滝などは一二点あつたゞけでした。山も頂上から俯瞰する所よりも平野から望んだものでした。それはどうしてもその場に出掛けて行つて仕事をする油絵では、一々道具を運んだりするのが面倒で、骨の折れる仕事のせいでもありますがね。
 大多数が写生画ですがその他にもつと方面の変つた空想画なども混じつてゐてもいゝやうに思ひます。物語り的なものや劇的な場面や、夢のやうなとりとめのないものや、そんな方面のものも日本画の方にはあり乍ら、洋画の方には少いと云ふより殆どないのは矢張り展覧会を淋しくするやうに思はれます。そんな画が一概に甘いとばかりも言へないと思ひます。
 それに適はしい性格の人で真剣に描かれたら、それは甚だ面白くはないかと思ひます。
 思ひつくまゝ取りとめもないことを書きました。



初出:『美之國』2巻10号(1926年10月)pp.29-30
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.20-22
  1. 2014/09/11(木) 22:20:23|
  2. 評論・随筆等
  3. | コメント:0

研究所第七回新年会に就て

 「斯う脚本も定つたし役割も定つたから、もうそろ/\白《せりふ》を覚えやうぢやないか」。こんな会話が研究所の一室に取換はされてゐたのは丁度十月の下旬頃でした。
 何でも例年に劣らぬだけにやらうと云ふので、それからといふものは殆ど毎日白を暗記する事に勉めました。寄ると触ると芝居の話ばかり出る様な仕末ですから芝居の当事者(勿論皆がその当事者でしやうけれども)殊に俳優は各自に真面目にやらうと思つてゐるのに、周囲が又│恁那《こんな》│風ですから猶更無責任な事はしてならぬ様な気がしまして道を歩く時研究所の往き帰り殆ど絶えず口の中で「おい此端へ担ぎ込んで呉れ給え」「助役さんの家へ担ぎ込んでかまひませんか」とか一生懸命やつてゐました。
 白を覚えて終ふと、今度はやはり研究所で立𥡴古を始めました。こいつが随分面倒で(それだけ面白いのです)「僕は此時此所から出るか」「いや其所から出て来てはいけないよ」「でも此処からの方が動き易いよ」「だつて其所は君ストーブだよ」……なんてそれは面白いものでした。
 誰か舞台監督をして呉れる人があれば好いのですが、何分自分達が銘々勝手にやるものですから、自然不統一が生じて面白くないとも感じました。
 けれども習ふより慣れろとかで、だん/\各自の扮する人物の性質等が分つて来ると、白のアクセント等も、面白くなつて来て、益々興味が湧いて来ました。
 それから絵葉書の事ですが、これは新年会当日、則ち一月二十五日に出席のお方に当座で上げられる様にと、一週間ばかり前に撮影する事になりました。バツクの方は赤城さんのお骨折りで、感じの好いのが出来ました。それも何や彼やで、忙しいものですから、丁度写真を撮る当日の晩方になつて漸々出来上りました。早速舞台に箝めて見て扮装の出来た順序で舞台に立ちました。一番最初に「パリアス」を写して最後に「人形」を撮りました。
 強烈な、マグネシウムの光がパツと私達の目を眩ませると、これで最う写真は出来た訳です。
 それから後といふものは、眼の廻る程忙しいんです。方々から衣裳を借り集める、道具の修正をする、プログラムを注文する。プログラムの表には小泉さんの彫られた埃及《エヂプト》模様が、気持よく刷《す》られました。其他緞帳も拵へねばなりませんでした。丸山先生の洋服をお借り申して来た人もありました。新年会の前日二十四日は朝から曇つたり降つたりで、ほんとにどうなるかと心配しました。夕方から又降りだした意地悪い雨は其晩休むまで止みませんでした。でも翌二十五日にはすつかり降り止んで曇り勝な空ながら愉快でした。朝早くから舞台を飾つたり、舞台𥡴古をやつたり、絵具の粘り付いた板の間を雑巾掛をしたりなんかする内に、丸山氏、木下春子氏、白滝氏、戸張氏、茨木氏などお見えでした。階下《した》では例の様に一時頃から月次会が開かれました。それが済むと直ぐに皆が二階(舞台は二階にあるのです)へ上つて、さ程広くもない観客席はもう一杯になつて終ひました。何時の内にか先日の絵葉書とプログラムは皆の手に持つて居られます。それから階下の室は直ぐに紅茶店になる。最初に上場される「パリアス」は最《も》う、すつかり仕度が出来て、寺田さんの考古学者と舟木さんのアメリカよりの帰朝者とが「早くやれば好いになア」。他人《ひと》に見られない様にと大きな幕みたいなものを被つて二人が二階へ行くと暫くして幕が開く。眼を丸くした観客諸君の拍手が起る。十月からこのかた、長い/\白を暗記した両君の姿が明く照された電灯の下に浮び出ると、シンとなつた観客の眼は、どんな微細な挙動をも見逃すまいとして両君は視線の集点になつて終ふ。
 更に階下の一室では水野さんと後藤さんとが、此又忙しさうに受付の方を預つてゐられました。一方楽屋でも、此次の「轢《ひか》れし駅夫」に登場する人達が盛に化粧をしてゐる。金関さんは砥《と》の粉を塗つて若き駅夫に扮する。小泉さんは矢張りお白粉や砥の粉を塗つて老駅夫に扮する。
 湯原さんは又茶屋の娘お夏になる。それに私の助役。尾崎さんや相田さん達も手伝つて下さいました。
 とかうする内に小さな劇場から又拍手の声が聞える、今終つたなと思つてゐる内に寺田さん達が下りて来られる、私達は舞台裏まで行つてゐる内に、川幡さんの尺八がありました。それが拍手の内に終つて幕が開くと又拍手が起る。
 「おい此所へ担ぎ込んで呉れ給え」といふ私の眼に丸山先生や白滝先生のニコ/\されたお顔がチラチラ見える。これは𥡴古が不充分だと思つてゐたものですから猶更白がつかへる、気はあせるといふ仕末です。どうにか終つて幕になる。三幕目は「影」で、これは「死の勝利」の後日物語の様に出来てゐるものでした、小山さんの扮したジョルジオ・アウリスバの影と、寺田さんとヒボリタ・サンツオオの影とが伊太利の七月の夜に、真黒に茂つた橄欖《かんらん》の樹の下で過去を追想して過ぎ去つた美しい歓楽の夢を辿る様な筋でした。電灯の笠から青色の巾を垂れると、凡が青い光に包まれて、物悲しい様な、又何処となく物凄い様な空気が漂ふて、如何にも死後の二人が再会して物語る夜を想はせられました。一番おしまひに喜劇『人形』をやりました。金関さんの玩具屋の主人コルネリウス。湯浅さんの主人の伜ベンヤミン。望月さんの甥ハインリヒ。私のベルタ。これは可成《かなり》𥡴古が積んでゐたものですから「轢れし駅夫」程てこずらずに行きました。ハインリヒとベルタとが手を握つて「さようなら」を言ひ捨てゝ出て行くと、銀の縫ひとりのある黒い緞帳が静かに下りる。
 これでお芝居は終りなのです、それからは、榎本、寺田、加藤さん方の長唄があつたり、金関さんの落語があつたり、浅野さんのマンドリーン等これで新年会は愈々終りました。
 ほんとに楽しみにしてゐた新年会が終つたとき、がツかりした様で暖いお湯で顔のお白粉を洗ふとき何だか勝利の悲しみとでも言ふ様な感が興りました。
 そこいらに散らばつた衣裳や靴や化粧道具を片づけて、風呂敷に包んで胸に抱いて、人通の稀になつた通を神楽坂まで帰つて来ました。
 そして何にも考へずに無意識に疲れた体を持て余した様に歩いてゐると、あの蕎麦売の滅入る様なチヤルメラの音を聞いた時│吃驚《びつくり》する程神経を刺撃せられました〔#「撃」に「ママ」の注記〕。そして「力を入れてドシ/\歩け」と促す様にも聞かれました。
 冗漫なとりとめもないものを書いて終ひました。これで筆を擱きます。



初出:『みづゑ』109号(1914年3月)pp.29-31
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.170-173
  1. 2014/09/11(木) 22:16:22|
  2. 評論・随筆等
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日暮里駅

 長い長い、石の上を、コトコトと歩き、端まで来た。振り返つて驚いた。月が出てゐる──。
 直ぐ眼の前に、真黒な一枚の空の中に、光芒のない切り抜き窓。まんまるい窓。
 数条の、震へる鉄線に、それは突き刺され、寒そうに凝り固まつてゐる。
 昼間でも、崖下の、陰気な程、随分煙で汚れた、たゞ広い停車場である。片側は、しかし、開けて、バラツクだが、隅田川へつゞく街並だから、崖の方から下りて来れば、明るい色に眼が開ける──。が、崖の方へ電車を降りたら、夜だと、一寸そこが気味悪るい。頭の上が墓場で、そこに、空に背を延ばす大坊主が立つて、片手に持つた赤い聯隊旗を打ち振る。打ち振る。
 建物の翳も動かず、風もない、寂寞たるこの一角に、忽ち轟々と地響きして、鉄線の上を、陽気な怪物が、月から送られる。
 胴中が開けて、黒、ダンダラ、灰、赤、褐種々な色彩した、可愛い程な生き物が、ゾロ/\と無数にこぼれ出る。色彩で景色が一杯になる。全く目茶苦茶で──
 ──ねっとれ──。ねつとれ──。(駅名は正確に呼んではいけない?)
 眼の前に、一際大きく、濃紫の翳がさす。ヒラリ! 白い顔。白い足。胴中の口から覗かせて。
 ──あした九時よ。きつと。間違ひなくね。此所に。いゝこと? ね、ね、──
 くどい。が、しかし娘だから……。
 相手は金釦の、胸に手を挙げて、マントの前を合せて降りる。ふり返つた。が、握手はしません。勢よく、階段を跳ね上つて靴音を響かせる。

 ──四十秒! 墓場に立つた大坊主が旗を振る。赤いその聯隊旗、と、また停車場は空になる。
 月の幻灯会。ベンチの下に吹き寄せられた、うす汚い紙くずの、感情で、私は見て居ました。
 まことに、これは夜だから。昼間なら、崖上の坊主も、霜枯れた草に根を包まれて、老齢の頼りなげに、寄り添つて立つ二本の大榎で。相図の旗は、子供たちが空に失つた、日の脚を染め出した凧である。



初出:『中央美術』11巻3号(1925年3月)pp.68-70
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.177-178
  1. 2014/09/11(木) 22:15:02|
  2. 評論・随筆等
  3. | コメント:0
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