古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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喜ばしき船出─『新しき時代の精神に送る』の著者へ

  『新しき時代の精神に送る』の著者へ。

  指令を待つて
  行動しやうといふのか
  行動する者にしか
  道は示されない
  与へられたら
  手を出さうといふのか
  手を出した者にしか
  与え〔#「え」に「ママ」の注記〕られない──

遙か彼方の山上に立つて
ひとりの人が合図をする
生活と創造
発動力に充ち満ちた
おゝ 時をあやまたず
われ/\は乗り出さう
狭霧につゝまれた『抽象』へ
誰れか今更入らうとするものぞ
精神は
これだ と
両手に抱きたいではないか
言葉は
この眼に見たいではないか

まあも一度
考へなほさうと云ふ人よ
新しい黎明が見えるではないか
時が
おそ過ぎないうちに
多様な協働のもとに
走らうではないか

あゝこの不思議な慾望が
われ等の胸を溢れ出る
蒼空の奥所《おくど》から
偉大な太陽が照りつける下で
波頭がよせては砕けるなぎさで

思想の発源地
恋の夢見所
現代精神の
生活の
渡航場──
波頭は鞺々とくだける
このあこがれの
うれしさ

あゝ 風はびようぼうと大洋を亘つて
我等の頭上を吹きめぐる
火を燃せ
同胞よ
われ等一団となつて
松葉の山をたきつくさう
拝火教徒の狂信にまで
強い真紅の火を燃せ

新しい黎明が見えるではないか
この海辺の山の上へ
世界の隅々から見える頂上へ
われ等の旗を押し立てゝ
船出の祝杯を上げやうよ

われ等
行きたい希みのものだ
卑怯な触角をもたないものは
その身全部を触角として打ちあたる
行つて見やう
漂茫とした海洋の果
灼熟〔#「熟」に「ママ」の注記〕する地平線の彼方へ
何があるか
同胞よ
行つて見やう

この真新しい
黄色い意慾の漁船は
すばらしい力に盛り上げられた
網にかゝつたものを
目的の獲物として
切りのない航海へ
ゆつくりと
急いで
無限の浪の上を
世界意匠を縫ひ取りして

遙か彼方の山上から
合図の鐘が鳴り響く
新月か
ぼろ屑か
そのうへに出かけやう
用意は出来た
繫縛《つな》を切れ
風は追手だ
潮流《しほ》はよし
舵手も座につけ
帆を上げろ
旭《ひ》にかゞやく帆を上げろ

健康と
青春の
何と朗らかな朝ではないか
寒風と 星と 雲と
潮音と太陽と
原始の
本源の
声に合して
われ等一齊に
新しい生命の船唄を歌はう

         一三、二、六



初出:『みづゑ』229号(1924年3月)pp.2-4
底本:古賀春江文集「写実と空想」(中央公論美術出版)p.83-89
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  1. 2014/09/11(木) 22:43:48|
  2. | コメント:0

春素描

何所も彼所も頭だらけであつた。頭。頭。
そして頭の中にある私の頭。
幅三間の道路を一杯に頭が流れた。蒼白く塗り立てられた頭であつた。

港の春の夜桜に、街は限りなく膨張し、ゆら/\と揺れたが、私の胃袋は惨たらしい圧迫を感じて弱つた。
殊に風景は波止場の波打際で、哀しい単調な唄になる。
あながち、季節の感傷ばかりではない。
活動写真ではセイロンの風景──
庭園の入口に鉄柵が白い地面にクツキリ黒い影を投げてゐる。
前景の地面に帽子の丸い影が現れ、やがて白服、ヘルメツトの紳士。鉄柵の門を影〔と〕ともに開いて茂みに消える。
三番目の男は腕を繃帯して首から吊つてゐる。ヘルメツトが振り返つても表情は影の中。
波の上の遠景──椰子の森。熱風に旗がある。
この幻影に私は見惚れた。
薄暗の中に動く水色の幻は、実在性がなくて善い。
私の空想は羽搏き、私は息を吸ひ込んだ。

私は活動写真を見てゐる。
鼻先に──私は階下の一番後ろの畳に、一人坐つてゐた。前も左右も空席で方六尺の安全地帯──鼻先に、ヒラヒラ、ヒラ/\、暗を縫つて白い鳥、畳に落ちて動かない。
上を見上げた。二階席の孤線が頭の上で突き出てゐる。
懼る/\、落ちた鳥、手に取つて見る。
ハンカチは死んで白い。

偶然といふものは気味悪るい悪戯者だ。
女は全然知らなかつたし、私も勿論知らなかつた。
半歳後に、こんな場所で逢はうとは……。
その夜女は、さくら餅を女中に持たせてゐた。
私はその甘酸ツぱい味覚に話を放遂した。
私の眼の前に白いハンカチがヒラ/\、ヒラ/\とばかり動いて落ちた。
女は私の直ぐ傍で薄白くそれを弄んでゐた。

朝早く、街の動揺の中に私は孤独であつた。
山手の石甃を一人で登つて行つた。
港内は黒い満朝で〔#「朝」の横に「潮」〕あつた。
夏蜜柑を一つづゝ手に持つたフランスの水兵が二人、コト/\と行く。
私は思ひ出し/\口笛を吹いた。

突きあたり、水のやうな森の中に教会の尖つた屋根があつた。
正面に、マリヤの立像が座します。
美しく、無言の聖母。
と、ヒラ/\、ヒラ/\、飛ぶ。マリヤの手から、肩から、頭上をかすめて、白く、鳴きながら、ヒラ/\、ヒラ/\、鳩である。
私はハンカチを忘れた。



初出:『中央美術』12巻8号(1926年8月)pp.128-130
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.96-99
  1. 2014/09/11(木) 22:41:52|
  2. | コメント:0

銀色の審美学(海辺風景、少年の願望、点景)

     銀色の審美学

紫外光線は完全に作用を停止して終つた
花束のない煙幕はしかし静思する術を知らなかつた。

   長い頸を持つた白鳥
   長い頸と長い脚を持つた白鳥

   煙幕の顔に乗る少女の靴下
   緑色の翼を持つた小女の唇

   一つの理念を滑走する赤色球
   一つの理念を滑走する白色球

   (午後3時のリボン)

   上昇しまた下降する渦巻曲線
   蝙蝠の飛んでゐる青色水兵

   限りなき発行体の貝殻は
   人類の消化器官であつた。


     海辺風景

硝子鉢の中の金魚
遙かなる遠景を切断する煙突
  黒い軍艦
  黒い軍艦の黒い煙突
  それは防波堤の食慾であつた。

白色海洋気象台の窓は多彩の空気に流される
靴は窓の中を昇る
塔の上の蝶は空気の感傷を拒絶する
真珠色の魚は繊美なる幻燈を映す
歯車の頂上に止まる風は鷗の物語を着色する
  風は白い円卓を水色に包む
  それ故に二本のしなやかな脚は平面を切る
  電線に引かかつた泥人形で
  斯くの如き高熱度の波を知らなかつた。

桃色の電燈は開かれた。パラソルを差し上げる
華奢な指先は無限に微動する
──流れる魚の眼
モーターサイクルの飛行と砂上の林檎は哀愁の実写であつた。
月は凡ての精霊の餌食となり凡ての情熱を喰ふ
海上の赤犬は合成金属の如く正義者である
気象台の窓をシヤボン玉は這ふ
  黒い軍艦
  黒い軍艦の黒い煙突
  それは海辺の魔術であつた。


     少年の願望

白い平面
白い平面に立つ白い円筒
  白い円筒
  平面に立つ

赤い垂直線
中央を切る赤い水平線

球・球・球・
大なる球・中位の球・小なる球・
  黒い球・黒い球・黒い球・

リボンをつけた靴
平面を計算する靴

蝶の花粉
紫の花粉、花粉、花粉


     点景

あなたは赤い帽子を被る
あなたはゴム風船の中に坐る

一枚の白い皿
皿の上の桜桃

銀色の地平線
私の手袋に触つてはいけない

時間はあなたの薄紫の眼
それは文明的な帆前船です

アルバムを繰りませう
月はなかなか出ませんね。



初出:『みづゑ』289号(1929年3月)pp.18-19
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.99-104
  1. 2014/09/11(木) 22:40:52|
  2. | コメント:0

ある日の日記(月夜、素描、季節の魅惑)

     ある日の日記

風の中にある顔を裏から見ると
拡げられた時間の気流が
黄色く青く浮き上つて
水玉を吹きあぐるガラス管が
意識の味覚を鋭くする

ゆらゆらと揺られて登る顔
壁のない室の思ひ出は
風に散る葩のやうに
再び地上に帰らないで
無限の空間を廻転するだらう

丸い地図の上を自転車に乗つた少女が走つて行く
華やかな夢の匂ひを漂はして
光の縞の中を何所までも走つて行く

機械の中に坐つた人は
常に敏感な受話器を持つて
多辺形な自分の影を切り落し
整然たる批評に対象を坐らせる

暴風の海をゆく武装した戦艦
硝子の雲霧を粉砕して
遠い霊魂が
裸の天使をかき抱く

もぎとられた時間の白い頁を一枚めくると
太陽の最後の顔の
意識の裏に描かれた線画は
朦朧とした煙であつた

風が吹いて
紅葉した木の葉が落ちる
眠げな風景の微笑


     月夜

冷たく固まつた月光の下で
組み合はされた二本の脚
柔らかな弾力あるふくらみ
素絹の脚は微塵も動かない

魔睡薬の〔#「魔」に「ママ」の注記〕感触を以て
見なれぬ風が可愛い愛撫をおくる
まどろむやうな顔の憂愁は
一直線に若い季節を切る

鏡の面に流れる水
鏡の面に立つ脚
鏡の面に動く吐息
声の無い唄 感情の無風帯

月は庭前の夜を
海の底の模様に刺繡する
滾々と尽きざる情感の水脈と
廻転する時間の断層を越えて


     素描

生活の膚を磨擦する〔#「磨」に「ママ」の注記〕風。
風の中に高く挙げられる手。
カレンダーに積み上げたる観念。想像。理性。
けれども磁石の指針は動かない。
統合 分裂 統合のための更に新なる分裂。

赭土の中から掘り出される素晴らしい鉱質の宝石。科学の心臓。当為の秩序。記録。記録。
構成されたる人類的素材。歴史的原理の確認。

大きな地球の編物。繊維の一つ一つの組み合せ。端麗な容姿の理想。国際聯盟。アメリカ。イギリス。ソヴィエートロシア。而して満蒙の混溷〔#「混溷」に「ママ」の注記〕。

編物の完成は何時か。技術工は何所に居るか。
風は強く膚を撃つ。荒涼とした風景。颶風と泥濘の中から挙げられる手。手。手。


     季節の魅惑

無邪気で剛慢な〔#「剛」に「ママ」の注記〕太陽。

眩しい暦を持つて私は草の上に立つて居る。
声のない喇叭で太気が〔#「太」に「ママ」の注記〕私に相図をする。

みんな凡てのものが私の掌のなかにある。
掌のなかの雑草の原。萎れた野薔薇。小川。
小川の上を飛ぶ綿雲。無花果をあなたは好まない。乳色の甘い風の中で可愛い小鳥が啼く。

太平洋の白い波。
緊密なる感情の繊維
月の裏側。
私は手帛で〔#「帛」に「ママ」の注記〕私の掌を拭いた。



初出:『みづゑ』322号(1931年12月)pp.16-17
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.117-122
  1. 2014/09/11(木) 22:38:41|
  2. | コメント:0

野原

突然に野原に生えた樹であつた
それはすばらしく大きな果実をその頂上の方に持つてゐた
それだから星は
その近辺ではあんまり光らなかつた
そんなに大きく光沢のよい果実があつたからつぽの野原に……
人間が 然し やつて来た
あんまり青過ぎる男なのでそんなに目立たなかつたし また
どんな場合にもその心臓や頭や胃袋を露出させない つつましい男だつたのでむづかしいことはなかつた
樹によぢ登つて果実をもぎ取らうとしてゐた
彼の手が延びた 長く長く延びた
それからまたそれを引込めた
また延した そしてまた引込めた
最後に一つの果物も得ずに
ふわ/\と地上に降りて来た
顔があつた
それが笑つた
野原はどこまでも拡がつて行つた 青く青く

   (一九二六)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.135-136
  1. 2014/09/11(木) 22:37:03|
  2. | コメント:0

無題

街を曲つて見つけたものですが
陶器製の人間がポツンと立つてゐました
頭の真上から太陽の光りの釉薬です
彼のなだらかな肩に手をかけて
私は彼に話しました
消極的な駝鳥といふ奴は
しばしばこういふ街角に立つてゐるものですよ
宇宙は何にしろボール紙製ですからネ
この真空管の中に行はれる充塡作用を知つてゐますか
今日はあそこのテーブルで幅の広いアネモネが待つてゐます
出かけねばなりません
さよなら
私は気がつくと自分の両肩を抱いて
一人でしやべつてゐたのでした

   (一九二九)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.136-137
  1. 2014/09/11(木) 22:36:12|
  2. | コメント:0

パントマイム

僕の少女は形のよい猶太《ユダヤ》人のやうな男と一緒に僕の所へ来たのでした 其男を精確な体温計のやうに大切に脇の下に狭んで 入つて来るといきなりそれを食べやうとしましたが 体温計はガチンと音して壊れたりするのです それでも香水の瓶ではどうする事も出来ないので フルーツポンチはこり/\だわと爽やかに笑ふのでした 紫のシネマはどうしても不合理だといふので 私はなぐさめかねて見えるのでした 唯物辯証法に着色したりするので 全世界の兵隊さんが 上着をキチンと着て ズボンを取つて お尻を丸出しにして歩くのは スポーツの目方を眺める方法だと 泪ながらに教へたりします

   (一九二九)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.137
  1. 2014/09/11(木) 22:35:06|
  2. | コメント:0

鳩の指

深い所に青い眉のある香油を見て
花粉の精神に同情してゐます
銀光色の線に跨つた孔雀よ
刻々に生長してゆく憂欝のやうに
僕の掌に眠れ
乳房は港の文明であり
耳は地球の秘密である
死んだ自分の肖像は勇敢な水夫のやうに
単身海へ乗り出させよ
蔓草の風は無意識な顔を吹く
一つの階段の海には撒水夫が憩ふ(憩つてゐる)
速度を正確に持つた水平線は遠景を昇る
星の輝いてゐるパイプ
メロンのやうな青い花火は
それは疑問符のついた球体である
当然な澄明なる刃
音楽の如く巻き上る噴水
環のついた曖昧な刺
かくれた真理が浮きあがる

   (一九三〇)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.138-139
  1. 2014/09/11(木) 22:34:02|
  2. | コメント:0

満開の花の咲いた列車

水中に滑らかにある門は舌を出した林檎の如く揺れる 水を沢山飲んだ駒鳥が呟《つぶや》く時天国の華麗は堕落するのです それは零落せる王子の如き美しき感傷に膨らんだ一つの言葉です 永久に崇高なる天体の運行の完全なる皮膚
電話交換嬢の計算が曲つても それは精神の神聖なる権利です
諸君は美麗なる欲望にコルク柱を挿してゐる瓶を打ちふる時ばかり微笑するのです
永遠の苦悩の脚を信ぜよ 監視された水仙は凡ての角度を持つた少女のやうに流れ出す 睡眠者の腹の上を泳ぐ秩序 循環する花冠の唐突なる機械 右手と左手とは同時に彼の世界を持つ 乱酔者の咽喉の祭礼 緒のある交換嬢の桃色の頬 桃色の肌 遠くへ廻る詭計に満ちた論争 白い白い角度ある観察 建築家は凹面鏡を持つて閃光的なる最大の眩暈を刺戟する 半透明なる隠家を追及せよ
文明の時間は間投詞を鳩の如く飛翔さす
博物館の水仙に水仙の白い花が咲いてゐる
向ふの機械を廻はらうよ

   (一九三〇)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.140
  1. 2014/09/11(木) 22:33:09|
  2. | コメント:0

空間の整理

無限の幅を持つた感情の襞を伸して
過去の光輝ある水夫を引き出し給へ
はげしく傾斜して辷る水中には
彼の勇敢なる喇叭もも早響かない
緩やかな南風の横縞を
ステツキの結び目にかけ
数千の波ある太陽へまで
新しい別辞を送らうとするのであるか
最端の中の空隙にあるそれは美事なガラス筒である
怒りと悲しみを拒絶する愛の表皮
敬虔なる使徒の如き彼等及び彼女等の透明なる頭蓋骨を見よ
迂回する花等の行進は 上空を馳つて
塔の上の処女等の桃色の頸を巻く
彼女等は緩やかに歌ふ
滑らかなるランプである
決して損傷されない未来の機械は
決して損傷されない飛翔法である
未来の実体よ
処女達よ
両手を扁平なる鉄板となして
純粋に完全な浮袋を作り給へ
真空の鞠も林檎の如き光輝を発散せしめるであらう

   (一九三〇)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.140-142
  1. 2014/09/11(木) 22:32:16|
  2. | コメント:0
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