古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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品川工

品川工(しながわ・たくみ) 1908年6月11日〜2009年5月31日

版画家。新潟県柏崎市出身。本名は関野工。東京府立工芸学校金属科(現・都立工芸高校)に進み、1928年に卒業。彫金家・宇野先眠に師事。しかし、型にはまった彫金の仕事への関心が薄れたため、宇野のもとを去り、兄の品川力とともに東京帝国大学の近くでペリカンという喫茶店を開く(のちのペリカン書房)。そこで、当時、帝大生だった立原道造、織田作之助、串田孫一、岡本謙次郎、三輪福松、北川桃雄、宇佐見英治らと出会う。彼らに翻訳してもらったモホイ・ナジの著作に感銘を受け、また、ペリカンの賓客だった晩年の古賀春江の知己を得るなどして、「本当に芸術に目醒めた」という。この頃、紙彫刻、板金、オブジェなど様々な作品を制作していたが、1935年に版画家・恩地孝四郎に師事したことをきっかけに、本格的に版画制作を始める。1937年に徴用されて株式会社光村原色版印刷所で軍の作戦地図などを作成するかたわら、作品制作を精力的に行う。終戦直前に農商省工芸指導所の玩具研究室長となるが、終戦後に退所し独立。1947年、日本版画協会会員。1949年、国画会会員。1954年、ルガノ国際版画ビエンナーレ、サンパウロビエンナーレ、英国国際版画展などの国際展に出品。版画のほかスプーンなど身近な材料を使ってのモビール、立体など多彩な創作活動を続け、常に実験的な新しい造形に挑んだ。
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  1. 2015/10/31(土) 12:09:05|
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