古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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《干物》

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干物

1919年
油彩(支持体不明)
62×51.5cm
個人蔵

展覧会歴:
1953年 「小出楢重・古賀春江展」(神奈川県立近代美術館) no.3



出典(図版):目録『古賀春江展』(神奈川県立近代美術館 鎌倉、1953年)n.p.
出典(作品データ):目録『古賀春江展』(神奈川県立近代美術館 鎌倉、1953年)n.p.


〈解説〉
古賀春江が油彩を描き始めてごく初期の作品。1955年に「古賀春江同好会」の名前で東京国立近代美術館に古賀の遺作が一括寄贈されたが、おそらくその一連のものと思われる。ただ、何らかの理由で寄贈対象から外されたものと推測される。


※当作品の図版は個人蔵ということで本来なら所有者様から掲載許可を頂かなければならないのですが、それが困難なので、代わりに古賀春江研究の第一人者である森山秀子氏(石橋美術館)から掲載許可を頂いております。
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  1. 2016/03/11(金) 21:12:30|
  2. 作品の紹介
  3. | コメント:0

《婦人像》

婦人像_convert_20160311170755


婦人像

1919年
油彩(支持体不明)
55×47cm
個人蔵

展覧会歴:
1953年 「小出楢重・古賀春江展」(神奈川県立近代美術館) no.2



出典(図版):目録『古賀春江展』(神奈川県立近代美術館 鎌倉、1953年)n.p.
出典(作品データ):目録『古賀春江展』(神奈川県立近代美術館 鎌倉、1953年)n.p.


〈解説〉
古賀春江が油彩を描き始めてごく初期の作品。1955年に「古賀春江同好会」の名前で東京国立近代美術館に古賀の遺作が一括寄贈されたが、おそらくその一連のものと思われる。ただ、何らかの理由で寄贈対象から外されたものと推測される。


※当作品の図版は個人蔵ということで本来なら所有者様から掲載許可を頂かなければならないのですが、それが困難なので、代わりに古賀春江研究の第一人者である森山秀子氏(石橋美術館)から掲載許可を頂いております。
  1. 2016/03/11(金) 17:23:43|
  2. 作品の紹介
  3. | コメント:0

短詩六つ(坂、花園で、港、七月、関連、或る夜更)

     

二つの脚で立ちながら
左右をかはる/″\に前へ出してゐる
そうすることに依つて
前へ前へと進んでゐる
一人の男が
白い坂道を登つて行く
道は真直ぐにあつた
遠くの方は空の真中に突きささつた道で
男は左右の脚をかはる/″\前へ出し
不思議に 実に巧妙に前へ進んだ
坂の上から
小さい人間が歩いて来た
三本の脚をかはる/″\前へ出し
そうすることに依つて
彼は──正確に言へばステツキを持つた男でしかないが──前へ坂の下へと進むことが出来た
私の眼はこの両人の真上にあつて
実に正確に両方が前進するのを見て
実に実に驚いて終つた。


     花園で

花園で
ぶるん ぶるん ぶるん ぶるんと
花は音を立てゝゐた
よく見ると
からだを揺りながら
ぶるん ぶるん と音を立て
少しづゝ太くなつて行つた
白い花であつた
銀の槍を突き出し乍ら
それは見る眼も痛い程刺し通した
槍は二間も行くとまた花の中へ立ち返り吸ひ込まれた
馬が首を出した
馬でなかつたかも知れない
しかし仮りにそれは馬であつた
馬は別に瞬きもしなかつた
ずんぐりとした首を動かさないので
頭がずつと前へ出てゐた
それは桶のやうであつた
雲がその他にあつた
ブリキ製の雲で
それは極めて鈍く光つてゐた
いつまで〔も〕そうしてあつた
別に関係があるではなし
三つ〔の〕ものが各々そこにはあつた。


     

薄原のやうな水面が一杯に拡がつてゐた
風が吹くと波立つのであつた
薄のやうな波であつた
小さな蒸気船は
水面の波立つ度に
水の中に沈んだ
船の横腹に
数十の窓が二段に並んでゐた
窓の一つ一つに
一つづゝの顔が出てゐた
船が揺れると並んだ顔も揺れてゐた
船が水中に沈んでも顔は窓から出てゐた
その船は時が経つに随つて数を増して行つた
大きな帆前船が一艘あつた
人は誰もゐなかつた
そしてそれは水上にあつて波に動かなかつたが
それ自身上の方に少しづゝ昇つて行つた
上に昇る程速度を増し
形をふくらまして行つた
どんどんそれは膨らんで
終には空中一杯位になつた
それは月であつたかも知れない。


     七月

ほのぼのとした倦怠
そう言ひつゝ私は掌を見た
決してそれは足でなかつた
陽向と陽│蔭《かげ》の間に坐つて居て
私は言つた──ほのぼのとした倦怠──
そして手を見た 掌を
周囲は薄黄色うく〔「う」に「ママ」の注記〕もあつたし青くもあつた
私はそれを怒らなかつた
嘴の赤い鳥が
ほがらかに高音に鳴いた
──嘴の赤い鳥は決して鳴かないとは噓だつたのだ──
それだけの事であつた
私は自分の頭を静かにとりはづし
爼の上にのせて見やうと思つた。


     関連

机の抽斗が開いてゐるのは
人間ばかりのせいであるか
煙草だつて吸はれるし
人はあつちへ行かうと思へば行くことも出来る
そしてぢつと向ふの方まで行けもする
帽子をとつても挨拶するとは決つてゐないし
世界には
鐘の音だつて響き亘る
波打際には泡もある。


     或る夜更

ぼうぼうと煙が棚引き登り
月が真紅に染つて
煙の中を泳ぎ出し
風が空中の花粉を吹き散らし
花がみんな地に堕ちて
凋れ朽ちてゆく地上の此頃になると
友達の顔も忘れかける
時毎に末日の折りの思ひがする
生物共はみんな地に伏し
黒々として動きも出来ず
悪念ばかり刃を砥いで
ひたすら人を虜にする
深夜に
街道に動くものは
人の挽かない車ばかり
荷車ばかり
唯一人で
轆々と無人の夜更を行くのである。



初出:『みづゑ』258号(1926年8月)pp.30-32
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.89-96
  1. 2016/03/11(金) 02:46:38|
  2. | コメント:0
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