古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

第七回春陽会を観る

 春陽会は大体の傾向として一時は暗く渋く細かい味の作品が多数だつた為、中川紀元氏の所謂「会の貌」が陰欝で感傷的に見えた時代があつたが近来その面貌に暖か味と明るさと流動的な傾向を増し逐年それが増大して行くのは大変喜ぶ可きことだと思ふ。これは一つには時代の傾向であり一つには会員の若い人達の中にそうした傾向にある有力な分子が加はつた為だらうと思はれる。孰れにしても小さく固まつてゆくよりは何所か不備な所があつても大きく暢びてゆくのがいゝことは勿論である。出来るだけ顔を上げて大いに明るく濶歩して頂きたいと思ふ。以下会場を巡つて得た印象を書きつけるのですが妄言は予めお許しを願ひます。
 堀内唯生氏。「郊外早春」空が少し暗いが描写の技巧は確かだと思ふ。
 福原達朗氏。「海近き村」色調は美しいが筆がヘラ/\として弱々しい。それだけ効果が弱い。
 舟木章氏。「井ノ頭公園」温和で丁寧で落ちついた佳作。
 国盛義篤氏の四点。「池畔」の枯草と白い道の部分、及び「蹴上風景」の緑と白との調和が美しい。以前にあつたやうなデリケートな少し憂欝ではあつたがあの美しさが無くなつてゐるが画面は明るくなつて来た。小さい味に拘泥しないで大きく暢びやうとする作者の意気を感ずる。少し位破綻はあつても差し支へないと思ふ。
 田中万吉氏。「カーニユ風景」家屋の群がりは確実に描けてゐるが前景の広い画面を占めてゐる草原と道との描写が足りない。「読書」は相当努力の作と思ふ。失敗の作とは思はぬが部分的に固苦しい所があるため全体的に纒まる力を弱めてゐる。「サントロツペの漁師町」も少し固い。全体を通じて固く寒い感じがある。
 茨木猪之吉氏。「早春高台」色感が甘つたるい。殊に紫つぽい色が眼立つ。 筆にも変化が欲しい。
 森田勝氏。「風景」赤土、土手の草、緑の樹木、枯木等破綻なく出来てゐる。
 水谷清氏。「少女足を洗ふ」は佳作と思ふ。人物の顔が全体から見て弱いと思ふが其他は身体の部分も背景の石も殊に樹々の葉や幹の部分は面白い。「海女」は努力の作だと思ふが中央の岩が物々しく強過ぎはしないだらうか。「裸婦遊泉」は善いと思ふ。人物も水も滝も樹木も凡ての組み立てが確かりしてゐる。色感も善い。場中の秀作と思ふ。
 山田正氏の「山村の秋」の落ちついた緑と葉のマバラな前景の木の枝等面白い。
 荒井龍太郎氏。「椿咲く丘」は気持は出てゐると思ふが描写が弱い。
 田川勤次氏の風景二点は渋滞なく要を得てゐる。色も渋く暢びやかである。
 一木氏の「裸女」は色が甘いし殊に背景の赤が単調で深さがない。
 横堀角次郎氏の三点は細心な注意を窺はれるが何所となく画面に生気が無いやうに見える。この境界を破壊されて大いに飛躍されんことを望む。
 小野寸平氏。「プロヷンス風景」空や樹木が鈍いが破綻はない。
 鳥海青児氏。「裸婦立像」は色が面白い。筆もよく働いてゐる。風景諸作の特色ある暗緑色はよいと思ふけれ共それに変化が乏しいので画面が偏平に見える。
 大森商二氏は弱々しい調子であるけれども悪るくないと思ふ。筆が同一方向へ向く短い線であることは同感出来ない。
 橋本節也氏は明るい外光を簡単に要領よく描き出してゐる。達者である。
 東宗竹氏。「秋日」穏やかな佳作。
 小林和作氏は渡欧前と較べると眼覚ましい進展を示した。こゝに並べられた諸作皆立派である。白緑、コバルト、薄いローズ、暖かい白等特色がある。筆触は従前の引き続きであるけれども写形に確実さを増して画面の要所を適確に締めてゐる。就中「カプリ島其一」の俯瞰図、緑の山畑の中に在る白い人家の群、近景の樹木の葉、「エクスの松林」樹立の白緑の中に白く光る岩、透いて見える蒼白い空「エクス風景其一」の横長い画面の左上から右下へ斜めに切る褐色の畑等殊に美しい効果である。其他「カプリ島其三」「薔薇咲くカプリ島」「エクス風景其二」「アマルフイ風景」等優れてゐると思ふ。
 岡田七蔵氏の三点では「常陸の海」を最も好む。細心に注意深い佳作と思ふ。
 長谷川昇氏も大作小品取り混ぜ十数点の出品である。凡ての作に溢れる桃色的色調は決して軽薄に陥らず、適宜な重さと厚みをもつて落ちつきのある美しい画面を構成してゐる。会場の中での花苑といふ感じである。「読書」「手鏡」「ブランシユ、エ、ノアール」「レクチユール」「小憩」等殊に立派である。
 青山義雄氏は色は美しいが甘く形象の扱ひ方にも少し揷画じみた所がある。風景の二、三、を採る。
 真田久吉氏は細心に丁寧な点描法で行つてゐるが効果が弱い。
 田中善之助氏の筆は少しボキ/\で湿ひを欠くが色感は悪るくない。三点の中では「舞妓」を採る。
 小林徳三郎氏の諸作からは進境が見える。色と形と線が益々緊密さを加へて来る。「裸体」の一、二「金魚を見る子供」「鰯」等秀逸である。
 小山敬三氏は物質描写の得難き才能を持つてゐる。並べられたどの作からもそれは窺はれる。従来の気持とか気分とか感情を微塵も混ぜない純客観的な対象描写は雄健にして〔#「雄」の横に「勇」〕純粋な作風を産んで強い魅力を持つて人に迫る。「フオンテネーの春」「スペイン風景」「南仏風景」「農家」「河辺」等殊によいと思ふ。人物は風景程完成されてゐない。
 山本鼎氏の作は作品未着で小品「赤い山」一点であつた。老練な技巧を感じた。
 栗田雄氏。「春昼」は色が粉つぽく筆にも湿ひが足りない気がした。然し全体としては纒まつてゐると思ふ。「静物」は美しいが果物籠と地との関係に何か不足を感ずる。
 倉田白羊氏の丹念な細密描写には感心するが画が少し窮屈になりはしまいか。
 藤堂杢三郎氏の「盛夏即興」草原の中に投げられた帽子と本。
 小杉未醒氏。「小童嬉遊図」氏のこの種の画も段々老熟と自然さと重みとを加へて来た。それは易く動かすことの出来ない力である。今度の作は殊に構図に於て秀れてゐると思ふ。
 足立源一郎氏の諸作では淋しく眼だゝない風景の小品を好む。
 木村荘八氏は久し振りでの油絵大作のやうに思ふ。味感は正に明治油絵からの流れを引いてゐると思はれる。普通の日本家屋の暗い室内、鏡台、長火鉢、畳等の調度と三人のこれも普通の日本婦人の組合せ、然し筆にも色にも仔細に見れば矢張り現代が呼吸してゐる。それが又当然だと思ふ。描写は適確、味も深い。たゞ鏡台の後ろの光つた畳の部分が丸るく浮き出して見えるのが欠点と思ふ。
 川端弥之助氏。「京都駅」大作で相当に描いてあるが墨にも少し変化が欲しい。
 田中謹左右氏。色が汚なく単調になる。筆は面白いと思ふが。
 鈴木ちか子氏。「カーネーシヨン」大摑みな色も形も善いと思ふ。版画の室では前川千帆氏の諸作。逸見享氏の二点、永瀬義郎氏、古川龍生氏の「水草の図」、大内青圃氏の諸作等善いと思つた。次ぎの室で加藤啓三氏のコンテー、硲伊之助氏の水彩、石井鶴三氏の毛筆、木村荘八氏の水彩画稿、中川一政氏の水彩や揷画の原稿等味ふ可きものと思ふ。
 田垣内友吉氏。「春」は穏健でよい。
 硲伊之助氏の数点、力と熱とを何よりも強く感ずる。ねばり強い力の絵である。重厚な絵具の盛り上げ、思慮深い筆の運動、計算された画面等他から容易に犯されない砲塁のやうである。「カタラン水泳場」「青縞の前懸」「フラヴイアン橋」「赤い着物」及び小品「南仏の台所」等中でも佳作である。
 山崎省三氏の諸作は純朴な筆と粉つぽく暗い色との善い調和を持つてゐるが今年のはいつもに比して弱いと思ふ。
 小谷良徳氏。「浄水所風景」は前景の黒い樹木がよく描けてゐる。
 榎信太郎氏の二点は弱い緑に魅力がある。
 溝口稠氏。「立てる牛」の墨色はよい。全体に簡潔に要を得てゐる。
 土屋義郎氏の諸作は味もありガツチリ出来てゐるが生々の気に乏しい。色も調子も少し鈍重の感がある。「郊外風景」は面白い。佳作と思ふ。
 若山為三氏。手堅い描写ではあるが画面の何所も凡てプラスの部分だけだから表現が弱い。三点の中「母と子」を採る。
 小穴隆一氏の数点、「いちご」は固くこち/\とした感じだが中では一番いゝと思ふ。「柘榴」のやうなモヤ/\とした描法は物象を確実に摑めないと思ふ。
 原精一氏。「荻窪風景」は意気がある。色も佳い。
 高岸愛氏。「大学構内風景」紫、黄、緑、赤の点描は美しいが全体の立体感を欠いでゐる。
 片野元彦氏。「居村春堤」は暢気な田舎の緑の春景色。
 松本マサ子氏の作は色が乾いてゐるのが欠点だが大体に於て悪るくないと思ふ。この上物質感、堅と横との面、線等が出来たらよくなると思ふ。「モンマルトル」を採る。
 長岡忠三郎氏の「池」一、二、は共に佳作である。暗い緑も、黒も調子が大きく暢びやかにそれで場景の雰囲気を出してゐる。
 所宏氏は悪るくないが鈍い。何所も一様に。
 佐久間月楼氏は穏和で色もよい。
 次ぎの室は今関啓司氏、石井鶴三氏、足立源一郎氏、田中咄哉氏、小杉未醒氏、中川一政氏等の日本画室である。これ等の諸作に就いて私自身まだよく考へてゐないし、こゝで妄評を控へたいと思ふ。次ぎの室の油絵に移る。
 石井鶴三氏の四点皆鋭い。尖つた針のやうな感覚と神経である。カーネーシヨンとバラの繊細な生生とした美しさは貴い。ガツチリと組まれた「相模」の構図、青灰色の靄の中に黄色い裸女が前屈みに立ち上つてゐる「浴女」、簡単な構図が不思議な運動と力に充ちてゐる。
 今関啓司氏の数点の中、大作「伊豆の山」は粗暴な筆も見ゆるが中景から近景は佳いと思ふ。「伊豆大瀬の春」「青蔭」を採る。「海景」の海の色は強く単調に失すると思ふ。
 斎藤清二郎氏の「風景習作」は佳作。
 坂口右左視氏。「奥上州の山」赤茶けた山と緑の水とが快よい朴直な筆で描かれてゐる佳作である。「春日暮景」山も草原も樹木も凡てよいと思ふが点景の人と牛とが失敗である。
 中川一政氏の「郊外」は老練の技見るべきである。青い深い空と暖い日向の家と畑、小川、美しい。
 鬼頭甕二郎氏は真面目な堅実な写実家である。画面のどんな些細な部分をもゆるがせにしない潔癖は手堅さを過ぎて神経過敏にさへ見える。そのため稍もすれば固く寒くなる傾向がある。然しこの真剣な努力は敬すべきである。 「ヴアルモンドア村」「冬の川」「ブルターニユの冬」「廃屋」「十一月の薄暮」「秋の森」など優れてゐる。
 林倭衛氏。鬼頭氏や前記小山氏の徹頭徹尾客観的な冷徹さに比して林氏は同じ客観的写実家であるにしても著しくその質を異にする。氏は以前、日本風景の海や田園の諸作に於て優れた描写と一脈の詩情を示されたがその当時の氏の本質は今日に於ても矢張り窺はれると思ふ。当時と現在とでは色にも形にも調子にも更に其等以外の感覚に於ても非常に異なることを見出すがその根本の質に於て矢張り当時の氏を偲ぶことが出来ると思ふ。其の情感は恐らくは氏自身気附かれてゐないことかも知れない。「シヤトウ、ノアールの森」「エクス風景」「プロヷンス風景」「クヰイの橋」等。
 三岸好太郎氏の小品「風景」は佳い。大作「お面の男」「少年道化」共に面白い。青緑黒のバツクと紫調と茶の着物の調和が善い。筆触も生々としてゐて無駄がない。
 本木錦三郎氏の「所沢の春」は色が美しい。
 大野平吉氏の風景三点も美しい色彩と細心な注意とで善い効果を挙げてゐる。



初出:『みづゑ』291号(1929年5月) pp.13-16
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.272-279
関連記事
  1. 2011/03/08(火) 18:00:00|
  2. 評論・随筆等
  3. | コメント:0
<<油彩目録(作成中) | ホーム | 第六回槐樹社展覧会感>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。