古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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道徳的なる一つの門(朦朧とした眼鏡)

     道徳的なる一つの門

窓の中から飛び出したる秀麗なる悪漢を注視せよ、彼の秀麗なる顔貌を注視せよ、彼の進歩せる両脚は今や婉美なる花園の中の乾いた白砂を踏むのである。
彼の三角形の光つた頭上から扁平な雲は一枚一枚と飛んで行く、それは遠くに磨かれた霞の如き香気を放つ。
凡ての想像は順従である〔#「順従」に「ママ」の注記〕。
開かれたパラソルの如く広大にして優美なる天国を彼は夢見るであらうか、回転する一本の白線に立つた脚は謙遜に理解する、蘭科植物の花も蝶の如き泡沫の踊り子に真実の生を寄するのである。
紫の踊り子の髪は真実に紫であることを願ふ、それは近接する意慾の円熟せる植物の果実の如きものである、限りなき栄華の魅力の中に汎濫する肉体である。
人生はその難所に於て屢々罪科の帽子を眼深かに被つて逃避する。
花園の中の悪漢よ! 永遠に連なる貝殻よ!! 海底の透明なる水は甘いか。


     朦朧とした眼鏡

周囲は濁りのない青水色で、無数の魚が扁平な体を震はせて居た。
円形劇場の真中に、円錐形の詩人は坐つたまゝ動かなかつた。
茨の蔭から銀色に濡れて来て、舞台を包んだ光線の中で、非常にそれは崇高に見えた。
垂れ下つた帳の向ふに女王様はゐられるのだと思ひませんか。
しかし真珠貝の内側は畳まれないだらう、それは歩道の向ふ側にあつて固い、
指を抂げても〔#「抂」の横に「枉」〕音も色も感ぜられない。
七色の丸いシヤボン玉はあるにはあるが太陽が隠れてゐるので道が見えないのです。
だんだん詩人は眠くなつて来て、二本の棒は平行線だつたので、まんまるい球になつた詩人は、
棒の間から下へズンズン落ちて行きました。



初出:『セレクト』1巻4号(1930年4月)p.5
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.109-111
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  1. 2010/06/22(火) 18:00:00|
  2. | コメント:0
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