古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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ある日の日記(月夜、素描、季節の魅惑)

     ある日の日記

風の中にある顔を裏から見ると
拡げられた時間の気流が
黄色く青く浮き上つて
水玉を吹きあぐるガラス管が
意識の味覚を鋭くする

ゆらゆらと揺られて登る顔
壁のない室の思ひ出は
風に散る葩のやうに
再び地上に帰らないで
無限の空間を廻転するだらう

丸い地図の上を自転車に乗つた少女が走つて行く
華やかな夢の匂ひを漂はして
光の縞の中を何所までも走つて行く

機械の中に坐つた人は
常に敏感な受話器を持つて
多辺形な自分の影を切り落し
整然たる批評に対象を坐らせる

暴風の海をゆく武装した戦艦
硝子の雲霧を粉砕して
遠い霊魂が
裸の天使をかき抱く

もぎとられた時間の白い頁を一枚めくると
太陽の最後の顔の
意識の裏に描かれた線画は
朦朧とした煙であつた

風が吹いて
紅葉した木の葉が落ちる
眠げな風景の微笑


     月夜

冷たく固まつた月光の下で
組み合はされた二本の脚
柔らかな弾力あるふくらみ
素絹の脚は微塵も動かない

魔睡薬の〔#「魔」に「ママ」の注記〕感触を以て
見なれぬ風が可愛い愛撫をおくる
まどろむやうな顔の憂愁は
一直線に若い季節を切る

鏡の面に流れる水
鏡の面に立つ脚
鏡の面に動く吐息
声の無い唄 感情の無風帯

月は庭前の夜を
海の底の模様に刺繡する
滾々と尽きざる情感の水脈と
廻転する時間の断層を越えて


     素描

生活の膚を磨擦する〔#「磨」に「ママ」の注記〕風。
風の中に高く挙げられる手。
カレンダーに積み上げたる観念。想像。理性。
けれども磁石の指針は動かない。
統合 分裂 統合のための更に新なる分裂。

赭土の中から掘り出される素晴らしい鉱質の宝石。科学の心臓。当為の秩序。記録。記録。
構成されたる人類的素材。歴史的原理の確認。

大きな地球の編物。繊維の一つ一つの組み合せ。端麗な容姿の理想。国際聯盟。アメリカ。イギリス。ソヴィエートロシア。而して満蒙の混溷〔#「混溷」に「ママ」の注記〕。

編物の完成は何時か。技術工は何所に居るか。
風は強く膚を撃つ。荒涼とした風景。颶風と泥濘の中から挙げられる手。手。手。


     季節の魅惑

無邪気で剛慢な〔#「剛」に「ママ」の注記〕太陽。

眩しい暦を持つて私は草の上に立つて居る。
声のない喇叭で太気が〔#「太」に「ママ」の注記〕私に相図をする。

みんな凡てのものが私の掌のなかにある。
掌のなかの雑草の原。萎れた野薔薇。小川。
小川の上を飛ぶ綿雲。無花果をあなたは好まない。乳色の甘い風の中で可愛い小鳥が啼く。

太平洋の白い波。
緊密なる感情の繊維
月の裏側。
私は手帛で〔#「帛」に「ママ」の注記〕私の掌を拭いた。



初出:『みづゑ』322号(1931年12月)pp.16-17
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.117-122
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  1. 2014/09/11(木) 22:38:41|
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