古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

詩抄(「存在」に就いて、反省、日常)

     「存在」に就いて

うるんだ眼から指が動いて
青い水の滴りを掬ひあげる
深い重みが遠い所からやつて来て
微笑《ほゝえ》みながら頁をめくると
掌の上にある桃色の鳩の羽が
落ちぼけた顔をなめるやうに
昔噺の本を案内する

切断の整理はしかしどんなに努力しても
甘いア・プリオリは猾《ずる》いよ
背広の背中を柔らかな手で撫でられて
街頭で股は高く切れあがつた
清々しい靴音で若夏花の匂ひを立て
兎に角姿勢は先づ上々
蒼穹の紫の影もまた伝説の鏡か
古い体温の穴を開けて
深夜の夢を組んでゆく

地球の雑音が時間に映つて
頭の毛を後から引つぱる
美しいものは何所にもある
窓は平面
両脚をうんと突つ張つて
匂ひの真実を嬉しがる
美しい椅子に美しい少女の貌
花瓶の葩が窓からの風に散る
少女の指が一寸動くと
空の星の一つが飛ぶ

「存在」は純粋である。


     反省

思ひは朝に早く
煙草の煙が巻き
まわりに出す陽の中で
秘密の冷たいコツプの中で
百色に彩る時刻の中で
墜ちて来る石
沿びて〔#「沿」に「ママ」の注記〕ゐる光の絵の
ほのぼのとした顔の
忘れた衣物の線で
叩かれて行く道の草々
車前草の葉裏の白
盲ひた音の影日向
川岸の上から手を挙げて
口笛の合図を聞かせる柳の枝
水鳥の草の巣
かなしい山の色から
微かな呼ぶ声がつながつて
ひとりの思ひはかぎりなく
雲の小花のやうに散つて
飾りもない見の淋しい
風景のまわりを廻る
可愛い蝶の足跡
何時までも昇つて行く蝶
唄の中に包まれて引つ張られる
何所に自分の姿があるやら
飛び越えて行く時間の季節
不滅の秩序がそこにある
鋭い空の鏡。


     日常

ふとした憶ひ出が
そしてこれ等のものが
私のまわりを
ぐる/\とまわつて
今の幻とごつちやになつて
身動きが出来なくなると
真実に淋しく苦しく
頭にそつと触つて見ても
手の感覚が夢のやうで
幻の眼が弥が上に強くなり
幻が私を虜にしてゐるのか
私は何故生きてゐると思はねばならないか
精神がある間は人は死んでゐるのだといふ。
精神に賛成する精神
真実は我儘で他人事でガマンが出来ないと思つて
カンシヤクの虫が飛び出して
俺は知らぬ知らぬと怒鳴り散らす
やつと思ひ返して自分の手の甲を見て
窓越しに遠くの何処かの煙突の煙を見て
はじめて思ふ
「煙こそ人間である」と。



初出:『美術新論』8巻4号(1933年4月)pp.60-61
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.123-128
関連記事
  1. 2010/06/26(土) 18:00:00|
  2. | コメント:0
<<詩抄(青い海、白い曇り日、夜の夢、季節の確信) | ホーム | 極めて鮮明なる文明の縞(歓喜と欲望の定規、游泳する腕の眼鏡、爪)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。