古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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坂宗一

坂宗一(さか・そういち) 1902年5月23日〜1990年4月9日

洋画家。福岡県犬塚村(現・三潴町)生まれ。小学校卒業後、1919年、上京。坂本繁二郎に師事。この頃、川端画学校で素描を学ぶ。それ以外はほぼ独学で、坂本らに制作を見てもらっていた。1922年、実家の破産により帰郷。同年、第7回来目会展に初出品。1923年、久留米の松田諦晶宅で古賀春江に初めて会い、以後、兄事する。1929年、第16回二科展に初入選。1927年頃から1933年頃まで朝鮮や満州、東京などを転々とする放浪生活を送った後、古賀の死を契機に筑後に帰り、定住した。1934年、福岡日日新聞に連載小説「大友宗麟」(田中純作)の挿絵を描く。1941年、二科会会友。1947年、二紀会創立に参加。1960年、二紀会委員。後に名誉委員。1970年、インド、ネパールを旅行。1972年、ネパール、ヒマラヤを旅行。少年時の心象風景を思わせるようなユーモアとポエジーの漂う作風に特色があり、晩年手掛けた水墨画も高い評価を得た。坂本亡き後の九州洋画壇の長老として活躍。1990年、福岡県三輪町で死去。古賀の超現実主義絵画の制作の手助けをした。古賀は坂に『子供の化学』という雑誌を古本屋で買い集めてもらって、その中から関連なく写真や絵図を切り取って組み合わせることでモンタージュ技法を試みたのである(註1)。1944年、浄土宗善福寺境内に建立された古賀春江供養塔の発起人に名を連ねる(註2)。


(註1) 中野嘉一『古賀春江 芸術と病理(パトグラフィ叢書11)』(金剛出版、1977年)p.209
(註2) 図録『新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌』(東京新聞、2010年)p.187

参考文献:
『青木繁・坂本繁二郎生誕120年記念 筑後洋画の系譜』(石橋美術館、2002年)

参考資料:
坂宗一WEB美術館」 http://www.saka-sou-ichi.com/
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