古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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山村秀一

山村秀一(やまむら・ひでいち) 1896年5月1日〜1989年9月8日

洋画家。現在の山口県萩市生まれ。同郷の日本画家・松林桂月に私淑。山口師範学校卒業。1926年、福岡県中学明善校(現・福岡県立明善高等学校)の美術教諭として久留米に赴任。当時、帰省していた古賀春江と親交を深め、一緒に展覧会を開いたと伝えられている。以来、教鞭を取る傍ら水彩画の制作を続け、1937年からは日本水彩画会に出品を始め、1948年、同会会員に推挙された。1949年、西部水彩画協会を設立して会長に就任。以後は日本水彩画会と西部水彩画協会を発表の場とし、没年まで出品を続けた。1956年の定年まで明善高等学校の美術教諭を務め、多くの美術家を世に送り出し、いわゆる「明善美術山脈」を形成した。1989年、福岡市で死去。西部水彩画協会では山村の没後、「山村賞」を新設し、その功績を顕彰している。


参考文献:
『青木繁・坂本繁二郎生誕120年記念 筑後洋画の系譜』(石橋美術館、2002年)

参考ウェブ資料:
「筑後水彩画の草分け 山村秀一」(福岡県立明善高等学校「明善の肖像」) http://meizen.fku.ed.jp/html/portrait/018yamamura.html 2013年2月3日閲覧
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