古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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作家に関する文献 逐次刊行物(戦前編)

赤城泰舒「太平洋画会展覧会の水彩画」 『みづゑ』101号(1913年7月)
「研究所だより」 『みづゑ』105号(1913年11月)p.35 ※日本水彩画会研究会所九月例会、図版掲載《曇り》p.21
「研究所だより」 『みづゑ』107号(1914年1月)p.26 ※新年会の役割について
「研究所だより」 『みづゑ』113号(1914年7月)p.35 ※水彩画会5月月次会、図版掲載《風景》p.25
「研究所だより」 『みづゑ』118号(1914年12月)p.35 ※第3回光風会展、図版掲載《風景》n.p.
「研究所だより」 『みづゑ』120号(1915年2月)pp.29-31 ※春江改名について
[題なし] 『みづゑ』143号(1917年1月)p.34 ※図版掲載《濠のほとり》n.p.
「日本水彩画会第四回展覧会合評」 『みづゑ』146号(1917年4月)pp.26-35 ※図版掲載《檜》n.p.
石井柏亭「日本水彩画会展覧会」 『中央美術』3巻4号(1917年4月)
「太平洋画会第十四回展覧会」/[題なし] 『みづゑ』148号(1917年6月)p.34/p.41 ※図版掲載《梧桐》p.28
「仮研究所より」 『みづゑ』151号(1917年9月) ※日本水彩画会
山脇信徳「二科会の出品作品」 『中央美術』3巻10号(1917年10月)
小山周次「海へ来て」 『みづゑ』153号(1917年11月)pp.34-38
小山周次「海へ来て(下)」/[題なし] 『みづゑ』154号(1917年12月)pp.23-26/p.41 ※図版掲載《波太風景四》p.26、《波太風景五》p.27
「日本水彩画会第五回展覧会合評」 『みづゑ』159号(1918年5月)pp.15-27
「日本水彩画会展覧会」(H) 『中央美術』4巻5号(1918年5月)
「仮研究所より」 『みづゑ』165号(1918年11月)p.49 ※古賀夫人上京
「仮研究所より」 『みづゑ』166号(1918年12月)p.33 ※古賀春江上京
「仮研究所より」 『みづゑ』167号(1919年1月)p.37 ※久留米帰郷
「年賀ハガキ調べ」/「仮研究所より」 『みづゑ』168号(1919年2月)p.21/pp.33-34 ※図版掲載《年賀ハガキ》p.17
「仮研究所より」 『みづゑ』170号(1919年4月)pp.33-34 ※水彩画会/1月月次会
寺田季一「『水彩画法』の崇―第六回日本水彩画会展覧会の感想」/[題なし] 『みづゑ』171号(1919年5月)pp.13-21/p.39 ※図版掲載《赤い屋根の家》p.15
平澤大暲「日本水彩画会」 『中央美術』5巻5号(1919年5月)
川路柳虹「二科会を評す」 『中央美術』8巻9号(1922年10月)p.81
中川紀元「二科会短評」 『みづゑ』212号(1922年10月)pp.7-9
石井柏亭「今秋の二科会」 『明星』2巻5号(1922年10月)
坂井犀水「二科作品小評」 『美術月報』4巻1号(1922年10月)
神原泰「アクションについて」 『中央美術』8巻12号(1922年12月)pp.2-15
中川紀元「『アクション』自讃」/神原泰「アクション展覧会雑記―御報告に代へて有島生馬氏に捧ぐ―」 『みづゑ』219号(1923年5月)pp.28-29 ※図版掲載《曲彔につく》p.19
「『アクション』造形美術展覧会」 『中央美術』9巻5号(1923年5月)
山本行雄「旗上げしたアクション展のこと―製作余稿(三)―」 『みづゑ』220号(1923年6月)
黒田重太郎「アンドレ・ロオト氏とロジエ・ビツシエール氏」 『中央美術』9巻7号(1923年7月)pp.2-25
黒田重太郎「二科にあらはれた反官学主義の諸傾向」 『みづゑ』225号(1923年11月)
「現代洋画家住所録」 『みづゑ』227号(1924年1月)p.61
篤二訳「巴里に於ける二科会評」 『みづゑ』229号(1924年3月)pp.28-30
赤城泰舒「日本水彩画会展覧会に就て」 『みづゑ』230号(1924年4月)pp.11-12
「日本水彩画会」(柏)/「日本水彩画展」 『中央美術』10巻4号(1924年4月)
税所篤二「日本水彩画展を見る」 『アトリヱ』1巻2号(1924年4月)
中原實「アクション」/村山知義「アクションの諸君に苦言を呈する」 『みづゑ』232号(1924年6月)pp.26-29
中原實「アクション展の意想的批評」 『中央美術』10巻6号(1924年6月)
「アトリエめぐり(四)もう完成させた春江さん 仏陀の『降誕』」 『中央新聞』(1924年7月29日朝刊)
『中央美術』10巻7号(1924年7月) ※「中川紀元氏 古賀春江氏等とアクション展を松本市で開いた。」
萬鉄五郎「二科会評」/遠山五郎「初めて見る二科の感想と作品の印象」 『中央美術』10巻10号(1924年10月)pp.18-32/pp.33-43 ※図版掲載《花》p.4
春山武松「二科会の概観」/野口草笛「アトリヱ順礼 中川紀元さん…」 『みづゑ』236号(1924年10月)pp.2-5/p.18
石井柏亭「二科会の諸作」 『アトリヱ』1巻8号(1924年10月)
「お釈迦様の誕生」 『みづゑ』238号(1924年12月) ※《生誕》口絵
平澤大暲「日本水彩画会展評」/「美術界消息」 『中央美術』11巻3号(1925年3月)pp.34-37 ※図版掲載《静物》p.35
小山周次「日本水彩画会十二回展覧会」 『みづゑ』241号(1925年3月)pp.38-39 ※図版掲載《静物》p.17
河野通勢「二科展覧会評」 『アトリヱ』2巻10号(1925年10月)pp.5-21 ※図版掲載《肩掛けの女》p.17
小寺健吉「二科会概観」 『みづゑ』248号(1925年10月)pp.5-7
鍋井克之「二科展に関する感想」/中川紀元「二科入選画の短評」 『中央美術』11巻10号(1925年10月)
「美術界消息」 『中央美術』12巻2号(1926年2月) ※水絵聯盟
「美之國消息」 『美之國』2巻2号(1926年2月) ※水絵同盟
「美術界」 『みづゑ』252号(1926年2月) ※水絵同盟
黒田重太郎「中央美術展の洋画」/鈴木亞夫「日本水彩画展を観る」 『中央美術』12巻3号(1926年3月)p.110/p.149
前田寛治「日本水彩画会展覧会評」/田垣内愛耕「日本水彩画評」 『みづゑ』253号(1926年3月)pp.22-27/p.45 ※図版掲載《花》p.22
鈴木亞夫「第七回中央美術展覧会の洋画」 『みづゑ』254号(1926年4月)
〈読者のページ〉毒蘭霊酔画房主人「画家の顔」 『アトリヱ』3巻5号(1926年5月)
前田寛治「聖徳太子奉讃展洋画部評」 『アトリヱ』3巻6号(1926年6月)p.14
木村荘八「太子展洋画」 『みづゑ』256号(1926年6月)pp.8-16 ※図版掲載《風景》p.11
「美術界消息」 『アトリヱ』3巻7号(1926年7月)p.160 ※洋画大家日本画展
萬鉄五郎「二科会の絵画」/佐藤春夫「二科会見物の走り書き」/石井柏亭「二科の入選画」 『アトリヱ』3巻10号(1926年10月)pp.57-58
「二科会会友に推された人々」/「ゴシップ欄」 『中央美術』12巻10号(1926年10月)p.121/p.166 ※古賀の視力について
神原泰「第十三回二科評」 『みづゑ』260号(1926年10月)pp.2-4 ※図版掲載《肖像》p.20
「美術家消息」 『アトリヱ』4巻2号(1927年2月) ※転居について
小泉癸己男「第十四回水彩画展略感」 『アトリヱ』4巻3号(1927年3月)
望月省三「日本水彩画会第十四回展覧会に就いて」 『みづゑ』265号(1927年3月)
〈新人小景〉林重義「春江君」/中川紀元「春江君十首」/横山潤之助「古賀春江君と私」 『中央美術』13巻4号(1927年4月)pp.83-88
田辺信太郎「第一回全関西洋画展覧会」 『中央美術』13巻5号(1927年5月)p.124
国枝金三「第一回全関西洋画展」 『アトリヱ』4巻5号(1927年5月)p.122
杉田秀夫「洋画展覧会を観る―林重義、吉田卓、古賀春江」 『美之國』3巻5号(1927年6月)p.107
「アトリヱ・グラフ」 『アトリヱ』4巻7号(1927年8月)p.2 ※写真掲載
木村荘八「二科会の風景画」/「三展三様」 『中央美術』13巻10号(1927年10月)pp.9-19/p.57 ※図版掲載《窓》p.12、《第14回二科展ポスター》p.57
宮坂勝「二科展評」/杉田秀夫「二科展の絵画を観る」 『みづゑ』272号(1927年10月)pp.5-8/pp.17-19 ※図版掲載《動物》n.p.
「二科会雑話」 『美術新論』2巻10号(1927年10月)
前田寛治「優位に主観主義の作家―二科展批評―」 『アトリヱ』4巻9号(1927年10月) 
「美術界消息」 『美之國』4巻1・2号(1928年2月)p.157 ※十二月会
里見勝蔵「第十室」 『中央美術』14巻9号(1928年9月)
中山巍他「二科連評」 『みづゑ』284号(1928年10月)pp.8-14 ※図版掲載《生花》n.p.
山上嘉吉「第十五回の二科会を批判す」 『美術新論』3巻10号(1928年10月)
志保谷達郎「二科展洋画評」 『美之國』4巻10号(1928年10月)
山崎省三「二科会私論 第十五回展覧会を観て」/前田寛治「二科展総評」/矢部友衛「二科展批評」 『アトリヱ』5巻10号(1928年10月)
高畠達四郎「中展の洋画を評す」 『中央美術』15巻5号(1929年5月)p.12 ※図版掲載《無題》
前田寛治「中央美術展評」 『みづゑ』291号(1929年5月)pp.26-27 ※図版掲載《樹下三人》n.p.
尾崎三郎、橋本徹郎、福田新生「中展洋画合評」 『美術新論』4巻5号(1929年5月)
橋本徹郎「第十回中央美術展覧会」 『アトリヱ』6巻6号(1929年6月)pp.72-75
北園克衛「未来の麦酒―古賀春江のELECTRICITE」 『中央美術』15巻6号(1929年6月)pp.77-79
「雑報」 『みづゑ』292号(1929年6月)p.48
渋谷於寒「現代異端画人伝のうち(九)―古賀春江」 『グロテスク』2巻9号(1929年9月)
『アトリヱ』6巻9号(1929年9月) ※《素朴な月夜》解説
国枝金三「二科会瞥見」 『週刊朝日』16巻10号(1929年9月8日)
「二科合評」/矢部友衛「二科本年度の一般的傾向」 『アトリヱ』6巻10号(1929年10月)pp.6-31/pp.40-43 ※図版掲載《海》p.39
外山卯三郎「日本洋画界と二科の価値」/荒城季夫他「二科を語る」/志保谷達郎「二科展評」 『美之國』5巻10号(1929年10月)
東郷青児「二科会の諸作」/荒城季夫「二科に於ける近代性」 『みづゑ』296号(1929年10月)pp.4-7 ※図版掲載《海》n.p.
槐樹社同人「二科展雑観」/鈴木千久馬「二科を評す」/高畠達四郎「二科会評」 『美術新論』4巻10号(1929年10月)
「美術界ニュース」 『美之國』5巻12号(1929年12月)p.121 ※漣洋画会
竹中久七「昨日のMEMO」/村木竹夫「二科の超現実派に就て」/村木竹夫「古賀春江氏のポエジイに就て」 『FANTASIA』2輯(1929年12月)pp.45-46
  ※『リアン』4輯より抄録/p.52/p.53
阿部金剛「『屋根の上の牛』にて」 『アトリヱ』7巻1号(1930年1月)pp.62-65
「一九三〇年協会第十一回美術講演会」/「美術界雑報」 『みづゑ』299号(1930年1月)p.28
小島善太郎「一九三〇年協会展覧会第五回展に際して」 『美之國』6巻2号(1930年2月)p.61
「新説紹介―古賀春江氏の現象学的超現実主義芸術論」 『リアン』5輯(1930年2月)p.29
石井柏亭「此頃の水画―日本水彩画会展に関して」 『みづゑ』302号(1930年4月)pp.20-21 ※図版掲載《優美なる遠景》p.22
阿部金剛「舞台装置雑記」 『アトリヱ』7巻8号(1930年8月)pp.1-3(147-149)
『アトリヱ』7巻9号(1930年9月) ※図版掲載《素描》p.129
荒城季夫「二科のグリンプス」 『美之國』6巻9号(1930年9月)pp.12-18
外山卯三郎「二科展評」 『みづゑ』307号(1930年9月)pp.2-5
横川三果「第十七回二科展を評す―尖端的傾向を主題として」/神原泰「二科評」/楢原豊一「二科展を見て」 『アトリヱ』7巻10号(1930年10月)pp.2-15/pp.16-24/pp.26-35
  ※図版掲載《涯しなき逃避》n.p. 《素描》p.127⏎
矢野文夫「二科印象」 『美之國』6巻10号(1930年10月)pp.67-69
「アトリエめぐり」 『文學時代』2巻10号(1930年10月)pp.9-10
『若草』6巻10号(1930年10月) ※図版掲載《窓外の化粧》n.p.
伊原宇三郎他一九三〇年協会「二科展合評」/熊岡美彦「二科展の招待日瞥見」/福島繁太郎「二科漫談」/仲田定之助「二科の超現実主義的作品」/堀田清治「二科展感想及び批評」
  /峯岸義一「二科尖衛群の検察」 『美術新論』5巻10号(1930年10月)⏎
鈴木賢二「蒼白と深紅の美術界」 『若草』6巻12号(1930年12月)pp.76-79
多田信一「二科主催日本アンデパンダン展」 『アトリヱ』8巻4号(1931年4月)
「セルパン抄」 『セルパン』2号(1931年6月)p.46 ※「古賀春江氏 新聞挿絵に新聞社の註文が氏を困らせてゐる。」
「雑報」 『美術新論』6巻9号(1931年9月) ※津田青楓上野洋画研究所批評会
「アトリヱ・グラフ アトリエを巡る4 古賀春江氏」 『アトリヱ』8巻9号(1931年9月)
「二科・院展・青龍社に對する我等の批判」 『みづゑ』320号(1931年10月)pp.2-5 ※図版掲載《現実線を切る主智的表情》n.p.
K・T「二科会批判 古賀春江の観念形態芸術について」 『リアン』10輯(1931年10月)
荒城季夫「二科展批判 科学的批評の立場に於いて」/仲田定之助「モダニズムの部屋」/「二科展を中心としての座談会」/太田黒克彦「『二科展』素人見物記」 『美術新論』6巻10号(1931年10月)
木村荘八「二科概観」/福沢一郎「二科評」/矢部友衛「二科評」/三岸好太郎「二科感想」/尾川多計「二科の九号室―現実遊離主義の諸作品―」 『アトリヱ』8巻10号(1931年10月)
木村荘八「第十八回二科展偶感」/矢部文夫「一九三一年の二科展」/中山巍「二科展概評」 『美之國』7巻10号(1931年10月)
村木亜夫「古賀春江氏と阿部金剛氏と」(上)(下) 『萬朝報』(1932年2月4日、5日)
「雑報」 『美術新論』7巻2号(1932年2月) ※転居について
「アトリヱ・グラフ 国吉氏の二科会入会披露」 『アトリヱ』9巻3号(1932年3月)n.p. ※写真掲載
「『趣味十二月会』会員公募」 『みづゑ』326号(1932年4月)p.40
多田信一「水彩画界展素描」 『アトリヱ』9巻7号(1932年7月)p.57
赤城泰舒「日本水彩画会展評」 『みづゑ』329号(1932年7月)pp.21-23 ※図版掲載《花野原》
石井柏亭「日本水彩画会」 『美術新論』7巻7号(1932年7月)
中西利雄他「日本水彩画展批評」 『美之國』8巻7号(1932年7月)
「美術界ニュース」 『美之國』8巻8号(1932年8月)p.87 ※科外美術協会自由研究所
「附録」 『美術新論』7巻9号(1932年9月) ※科外美術協会自由研究所
「アトリヱ・グラフ 古賀春江氏と愛犬」/荒城季夫「二科展を観る」 『アトリヱ』9巻10号(1932年10月)n.p./pp.13-16 ※写真掲載、図版掲載《白い貝殻》n.p.
川路柳虹「二科会一巡」/福沢一郎「No.5 二科の前衛室」 『みづゑ』332号(1932年10月)pp.2-4/pp.8-10 ※図版掲載《孔雀》n.p.
荒城季夫「二科展印象」/大山広光「二科会を観る」 『美之國』8巻10号(1932年10月)
福沢一郎「二科展の第五室」/「街のエスプリ」 『セルパン』20号(1932年10月)
福島繁太郎「二科会を観る」/清水登之「二科会を見る」 『美術新論』7巻10号(1932年10月)
『みづゑ』338号(1933年4月) ※図版掲載《鳩の唄》n.p.
松原淑「日本水彩画会展」 『アトリヱ』10巻4号(1933年4月)
「日本水彩画会展」 『美之國』9巻4号(1933年4月)
川端康成「作家との旅」 『若草』(1933年5月)、『黄道』(1933年5月)
東郷青児「二科のアヴァン・ガルド」 『みづゑ』343号(1933年9月)
阿部金剛「古賀春江の死と其の前後」(上)(下) 『名古屋新聞』(1933年9月15日、16日)
「アトリヱ・グラフ」/広津和郎・林倭衛「二科評」/〈故古賀春江氏〉石井柏亭「古賀君の作品」/竹中久七「詩人としての古賀春江」/仲田定之助「第二十回二科会展所感」
  『アトリヱ』10巻10号(1933年10月)n.p./pp.16-21/pp.28-29/pp.29-30/pp.34-36⏎
「古賀春江氏逝去」 『中央美術』復興3号(1933年10月)p.83 ※図版掲載《サーカスの景》p.83
大山広光「美之国展望台」/荒城季夫「二科展評」/中村研一「二科出品画評」/横堀角次郎「二科展寸感」/福沢一郎「二科の新傾向絵画」
  『美之國』9巻10号(1933年10月)pp.44-45/pp.46-49/pp.50-52/pp.60-61/pp.62-63⏎
橋本八百二「二科展感想」/荒城季夫「第二十回二科展を観る―形式主義の没落―」 『美術新論』8巻10号(1933年10月)
外山卯三郎「二科の二十回展」 『セルパン』32号(1933年10月)
福沢一郎「古賀春江氏遺作水彩画展」 『みづゑ』345号(1933年11月)p.30 ※図版掲載《静物》《窓外風景》
〈六号雑記〉小林秀雄「故古賀春江氏の水彩画展」 『文學界』1巻2号(1933年11月)
K・T「古賀春江氏の死因に就いて」 『リアン』16輯(1933年12月)pp.2-3
川端康成「末期の眼」 『文藝』1巻2号(1933年12月)pp.24-35
田沢田軒「一九三〇年協会と独立美術」(中) 『美術』9巻2号(1934年2月)pp.60-64
川路柳虹「今秋の院展及び二科」 『中央美術』復興15号(1934年10月)pp.13-22
猪熊弦一郎「二科展評」/中山巍「二科展を観る」/宮田重雄「二科会評」/「故古賀春江一周忌追悼会」 『みづゑ』356号(1934年10月)pp.10-11/pp.12-14/pp.15-16/p.32
「古賀春江氏作『風景』に就いて」(編輯子) 『美術』9巻10号(1934年10月)
妹尾正彦、田中行一、小松清、三浦逸雄「二科展の実証批評」(座談会の形式で) 『セルパン』44号(1934年10月)
小山周次「純情の画青年たりし古賀」/中川紀元「内省の苦闘に終始せる生涯」/「古賀春江の詩」/「新刊紹介 古賀春江 古賀好江編」 『中央美術』復興16号(1934年11月)pp.30-34/p.22(後付)
  ※『古賀春江』(春鳥会、1934年9月)より抄録、図版掲載《朧ろなる時間の直線(部分)》
〈季節のカイエ〉福沢一郎「『古賀春江』其他」 『詩法』4号(1934年11月)
「知恩院の寺宝 出世作『埋葬』を献納」 『東京日日新聞』(1935年2月28日)
江川正之「東郷さんの「古賀春江」」 『書窓』1巻1号(1935年4月)p.54-
瀧口修造「古賀春江遺作展」 『国民新聞』(1935年8月1日)
  ※『コレクション瀧口修造』別巻(みすず書房、1998年7月)に再録
「開かれた展覧会」 『中央美術』復興26号(1935年9月)p.4(後付)
佐野年一「古賀春江の思出」 『筑後』5巻6号(1937年6月)pp.10-15
小島善太郎「一九三〇年協会時代」 『美之國』14巻2号(1938年2月)pp.36-38
瀧口修造「或る年表への註釈」 『美術文化』2号(1939年12月)
  ※『コレクション瀧口修造』13巻(みすず書房、1995年6月)に再録
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  1. 2013/06/24(月) 23:00:00|
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