古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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病床にて

     これは入院してから出来た詩で御座います。病的に誤字や脱字やその上乱れき
     つた字画に、それを読む私も頭が変になつたやうな気がしてやつとこれだけ書
     き抜きました。解らないところはそのまゝあけて置きました。(好江)


      1
僕は一人の男を後ろから見た
路が曲りくねつた山の小路であつた
不思議な事には
この男に何かの暗示を与へるやうに
僕はこの男のする通りな身振りでやつてゐるのだ

その男は右の小路へまがつた
名のわからぬ小草が其等の小花が一杯咲いてゐる
僕もすぐその後ろから右に曲つた
真黒い水の溜つた古い池があつた
男は池の端で止つた
男は妙な音出す音の口笛を吹いた
静々と黒い水の池の中に平気で入つて行つた
その男の出て来るのを待つてゐたが
男の姿は向ふ岸にでも何所でも見えなかつた
青い月がこの空に出た

      2
理想を持つて窓から空を見る
甚だ僕は悲観したのだ
向ふ室に花鉢が置いてあつたのが
今日はどうしたのかその窓に置いてはなかつた
僕は一寸僕の窓の外を見ると
何と不思議に僕の窓の外にその花鉢が置かれてゐた
この事件はそのまゝで済んだが
現実の真理といふものにふれたやうに思つた

      3
歴史の地図を見給へ
一本の線にも正しい線はない
交錯乱舞何だか薩張り判らない
死んだり生きたり噓を言つた ほんとうを言つた
私はやり切れないので無我の
地理を蹴やつた

      4
青い樹木の間に立つて
白い肉体の肉の中を
 〔#空白に「ママ」の注記〕の丘を越しながら
妙な音を聞いて
眼を閉ぢた
人生とは玉の如き
ころ/\とした球で
摑み所のないものだ

      5
川ばたの
脚の長い黒い鳥であつた
黙つたまゝ身動きもせず
汽車が遠く走つて行つたが
山の彼方は白々と寒かつた
私は寒さを感じた
あの人の眼を愛して
肩先の流れた線がかすかに見える
そのまゝで
私はその流れる時間を感じた

      6
青苔のなめらかな上を
青い蛙が飛び遊んでゐる
蛙はどこから来たらう
飛びたいアノ目の美しさ
アノ姿の美しさ
世界中の  〔#空白に「ママ」の注記〕踏みつけて
独りで

      7
ベルグソンは空間を時間の堕落したものであると言つた
人は時計で時間を計らうとする

月の夜の小鳥の声で人は泣く
涙の羅列でデパートのネオンライトを光らした
女達は無暗に子供を産んで
子供が産れると御目出度うと言ふ
みんな愛の機上で造花の宴会をやつてゐる

空が拭き清められた銀色の遠き
あなたのお好きな白い雲です
木肌がそれを露して林の中で光つてゐる

掌に刻んだ地図 それは歴史である
この銀球は何といふ光の球であらう
鉄の門があるので一寸入り難い
流れる水は純粋で美しい

      8
田の中の細い道を一人歩いて行く
青黒い山辺の中で
何も知らぬ小鳥の声が聞えて
何にも無い空の上に月が一つ
ちつとも動かないので張紙のやうに寒
黒猫がその上にだまつてゐる
月と黒猫と二つで一つのやうになつていつまでも黙つてゐる

      9
花園の花の白や黒や
匂ひの日の高いところで
いつも彼女の姿を見た
窓ガラスの曇つたやうな日であつた

何と一人の淋しさ
クラリオネツトが遠い音
音も淋しい
桐の花もしろい
白い音 白い世界

      10
杉の中の細道を
小牛を引いた少年が
小唄をうたひ乍らのどかに通る
唄は  〔#空白に「ママ」の注記〕としてゐるのだ
索かれた小牛は嬉しそうで
山の    〔#空白に「ママ」の注記〕淋しい風景
私はそれ等の風景に見入る
何と美しい景色であらう
思想は山の頂上にもあるものか
思想は人間の中より飛行して
中空の景色の中に入つて行くのか
何もない白い世界となつて
中央の空の中から
命令する声が聞える
人はそれに返 〔#空白に「ママ」の注記〕して生きてゐる
真の白い白へ赤青緑の音を記入して

      11
愛と言つたらおかしいか
 〔#空白に「ママ」の注記〕つた速い眼の速度
あたゝかい湯のやうな水の中で
浮いてゐるくらげを思ひ
あたゝかい湯の水は不思議なもので
ゆれて生死の  〔#空白に「ママ」の注記〕い願望

      12
チヤツプリンの喜劇を見て
みんなよろこぶ
どうしてなのかおれにはわからない

私は彼の笑ひ顔を
彼ほど世に悲しい笑ひ顔は無い
彼の笑ひ顔は私の笑ひと一つだ

彼は  〔#空白に「ママ」の注記〕の友達や女達に
散々に馬鹿にさせ

怒気は天に勝つた
それは笑つてごま化した
思ふだに私は涙が出る

      13
顔といふもの程不思議なものはない
見れば見る程不思議なる存在である
在るやうな 無いやうな不思議極る存在である
顔といふもの程不思議なものは世の中に無い

      14
みかんの花の白の美しさ
匂ひの高い日で
いつも彼女の   〔#空白に「ママ」の注記〕を想ひ出し
窓ガラスの曇つたのを拭ひ拭ひ(失ひ夫ひ〔#「夫」に「ママ」の注記〕)

何とひとりの淋しさ
クラリオネツトを吹く遠い音
美しい音だが淋しい
桐の葉も枯れて落ち散つた林風

      15
考へて見るとどうしても
残(無)こくだ
どうでも  〔#空白に「ママ」の注記〕な生
邪魔な悪人の手
下ろしてくれる手々
何を言ふても
ほんの少しも意識ない

      16
どこまでも
浅く続いて行く
岩の上の星かげ
 〔#空白に「ママ」の注記〕かかんがへる事はみんなうそ
くろい花
小鳥等は何か
喜びに歌ふ

      17
遠く来
別れし人の
ひたぶるに
日夜の無音を

空の色

      18
そのかみの
花は散つたか
ガラス玉の窓

麓の二人
は並んでる

並んでゐ
二人の並んでゐる人

近頃の妻君は大概月払ひである
洋服と同じく

      19
無日 〔#空白に「ママ」の注記〕生きてゐるといふ
人間は

    〔#空白に「ママ」の注記〕泣いたり 歌つたり
画の上を塗つたり
遠方を空想したり

心を捨てよ
純精に生きゆけ

      20
凡ての現実が影である
空の中の幻想よ(幼児よ)
光りの逃げた景色
おたまじやくしの浮いた池

水草の花の赤と白とが
何かの音楽を奏して
私はそう自家の窓を想ふ
今日は動かない

   (一九三三)



初出:詩画集『古賀春江』(1934年9月、春鳥会)
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.151-164
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  1. 2014/09/11(木) 22:26:00|
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