古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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日暮里駅

 長い長い、石の上を、コトコトと歩き、端まで来た。振り返つて驚いた。月が出てゐる──。
 直ぐ眼の前に、真黒な一枚の空の中に、光芒のない切り抜き窓。まんまるい窓。
 数条の、震へる鉄線に、それは突き刺され、寒そうに凝り固まつてゐる。
 昼間でも、崖下の、陰気な程、随分煙で汚れた、たゞ広い停車場である。片側は、しかし、開けて、バラツクだが、隅田川へつゞく街並だから、崖の方から下りて来れば、明るい色に眼が開ける──。が、崖の方へ電車を降りたら、夜だと、一寸そこが気味悪るい。頭の上が墓場で、そこに、空に背を延ばす大坊主が立つて、片手に持つた赤い聯隊旗を打ち振る。打ち振る。
 建物の翳も動かず、風もない、寂寞たるこの一角に、忽ち轟々と地響きして、鉄線の上を、陽気な怪物が、月から送られる。
 胴中が開けて、黒、ダンダラ、灰、赤、褐種々な色彩した、可愛い程な生き物が、ゾロ/\と無数にこぼれ出る。色彩で景色が一杯になる。全く目茶苦茶で──
 ──ねっとれ──。ねつとれ──。(駅名は正確に呼んではいけない?)
 眼の前に、一際大きく、濃紫の翳がさす。ヒラリ! 白い顔。白い足。胴中の口から覗かせて。
 ──あした九時よ。きつと。間違ひなくね。此所に。いゝこと? ね、ね、──
 くどい。が、しかし娘だから……。
 相手は金釦の、胸に手を挙げて、マントの前を合せて降りる。ふり返つた。が、握手はしません。勢よく、階段を跳ね上つて靴音を響かせる。

 ──四十秒! 墓場に立つた大坊主が旗を振る。赤いその聯隊旗、と、また停車場は空になる。
 月の幻灯会。ベンチの下に吹き寄せられた、うす汚い紙くずの、感情で、私は見て居ました。
 まことに、これは夜だから。昼間なら、崖上の坊主も、霜枯れた草に根を包まれて、老齢の頼りなげに、寄り添つて立つ二本の大榎で。相図の旗は、子供たちが空に失つた、日の脚を染め出した凧である。



初出:『中央美術』11巻3号(1925年3月)pp.68-70
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.177-178
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