古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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 緑の丘は柔らかそうに丸々と膨れてゐた。
 広々とした田甫の〔#「甫」の横に「圃」〕中にぬうつと突き出た岬のやうに、南からも北からも風は丘を目蒐けて突きかけた。丘の後方にある孟宗竹の藪はそのたびに黄色い葉を散らし、ザワ/\と鳴り亘つた。
 季節も春の終り。もう埃の立ちかけた白い道が田甫の中から来て、丘を廻つて向ふへ消えてゐた。八重桜は萎れてゐたが野の草花は今が真盛りであつた。
 田甫の中の道を一人の男が至極屈托顔で〔#「托」に「ママ」の注記〕歩いて来た。
 どんな屈托を彼は持つて居たか?
 それは、この年頃──彼は二十五から三十までの間に見えた──の、少し物を考へる村の青年の誰れでもが持つて居る、はつきりした──同時に実現からは一寸遠い考へからであつた。
 一本の道はズル/\と彼をその屈托と一緒に丘の麓まで引きずつて来た。
 そこらは丘の小さな草花で空気が濡れて匂ふた。
 丘の上にかすかな月があつた。
 夕陽が今沈まうとして紫晒の雲の中にすべつて行つた。
 晩春のなやましい重圧する空気の下で彼はその入陽に対つて顔を上げた──快よく柔らかな矢のやうなものが彼の額と眉の間を擽ぐるやうであつた。
 彼は立ち停ると気軽くひよいと笑つた「フヽフフ、フヽヽヽヽヽ」
 丘は全く綺麗な若草とその花々で包まれてゐた。
 丘の右端は断崖になつて真下の麦畑まで三間ばかり赤茶けた肌を露はしてゐた。
 児供が一人、断崖の上端に立つて夕陽を見て居た。児供の顔は陽に面して赤々と燃ゆるやうであつた。
 彼はピヨンと一つ飛び上つた。続いてピヨンピヨン……………
 児供はだん/″\高く飛び上つた──
 太陽を追つ掛けるのだ。
 しかし彼が飛び上るより太陽の沈む方が早かつた。
「見えない 見えない」しかし不思議な光はまだそこいらにあつた。丘の上の夕月の光と共に小さな花は一層あざやかに輝き出した。
 児供は月に振り返つた。今沈んだ太陽が静かな化粧をして丘の上に来たのだ。
 児供はそれを見ると急に面白くなつて笑つた「フヽ フヽ フヽヽヽヽヽヽ」
 藪の中の家で娘は夕方の台所に忙しかつた。
 しかし片附けても片附けても仕事は余り沢山だつた。
 畑から帰つて来た父母や兄達の鋤鍬を洗ふことから、みんなの夕飯の仕度から、大きな釣瓶で風呂の水を汲むだけでも大変であつた。
 娘は実は自分一人なら、今夜の夕飯などどうでもよかつた。早く風呂を先にして化粧して終ひたかつた。今夜裏の丘で男と逢ふ約束をして居るのだから……。
 陽の入るのが今日に限つて大変遅いやうに思はれた。
 日が永くなつてからお陽様は藪の真中までやつて来てからでないと沈まなかつた。
 娘は裏扉口に出て藪の中を透して見た。
 金色に輝く藪の向ふに夕陽は今赤々と紫晒の雲の中にすべり行つてゐた。
 今日は何時まで待つてもお陽様は引込んでは呉れないのぢやないかしらと思つたに──
 はじめて安心した娘は快活に独言つた
 「妾も馬鹿ねえ、いくら日が永いつたつて七時にもなれば暮れるにきまつてるに……ほんとに馬鹿ねえ」
 いびつになつてゐた感情が立て直つた。
 そこで思はず声を立てゝ笑つた「フヽ フヽ フヽヽヽヽヽヽ」
 緑の丘は柔らかそうに丸々と膨れてゐた。
 風の落ちた夜、月の光で花々や草木の匂ひは益々濃くなつて行つた。



初出:『マロニエ』2巻3号(1926年3月)p.3
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.183-185
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