古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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洋傘─もだん衣裳哲学

 パラソルといへばアスフアルトの街上に花の如く開く婦人のパラソルと、海岸の砂に突き立てられたダンダラ縞や碁盤縞の大きなピーチ・パラソルとを直ぐに想ひ出すが、洋傘といふ中には、昔からあるいはゆるかうもり傘といふ黒色のものがある。これは重に男子の雨傘として使用されるものだが、この二つの傘は同じ傘でありながらその各々が与へる感じが全然対蹠的であるやうに思はれる。
 ドシヤ降りの雨の朝、ジヤア/\と降る雨の音の外何の物音も聞えない。さすがの街の騒音もその日だけは雨のために圧へつけられて甚だ威勢が悪い。さういふ朝の停車場──例へば新橋とか東京駅とか新宿とか──その駅前の風景はどうであらうか。
 半弧を描いた大きな真黒いかうもり傘で路上は埋められて終ふ。二本の脚が僅かに傘の下からぶら下つてゐるだけで、のろくさい前屈みの姿勢でその傘の行列が続くのである。ザン/\ジヤア/\といふ雨の音ばかりで他の雑音は勿論、人間の話声などまるで消し飛ばされて終ふ。もつとも、そんな日には人は話しなど出来ないで、傘に吊り下つた二本の脚だけになつて終ふ。陰気で暗く憂鬱な風景である。
 しかし私はその風景が何か非常に面白く美しく思はれる。事実は人間が傘をさしてゐるのだけれど、さうは思へないで、脚を持つた黒い丸い、人間とは違つた何か他の生物がどんどん歩いて行く。黙つて無方向に只歩いて行く──さういふ風に思はれる。人間だつたらもつと智慧がある。あんなに無言でみんな同じ格構で〔#「構」の横に「好」〕無目的に歩きはしまい。第一あんな妙に不思議な形のかうもり傘など開いてそれを自分の体躯《からだ》の上から被つて歩くなどゝいふ無意味な妙なことは出来さうにも思へない。しかし実際には矢張り人間が傘をさしてゐるのであつて決して他の何物でもありはしない。雨が降るから傘をさすといふかも知れないが実は傘があるから雨が降るのではないだらうか。かうもり傘といふものを見ると何故かそんなに思へて仕方がない。かうもり傘にそんな魔力があるかも知れないと。
 さういつても私はどうもあの傘が不思議に面白くて好きだ。何処かに魅力を持つてゐる生き物のやうな気がする。
 一体かうもり傘といふ変な名前の傘は何処で発明されたか知らないが、日本に渡来したのは慶応三年といふから年号を繰つて見ると一八六七年である。今からざつと七十五年ばかり昔のことで、その当時は武士階級が重にこれを用ひたさうであるから、その時のこれ等の武士は大いにウルトラ・モダンであつたわけで、チヨンまげに大小差した武士達が鉄骨の黒い変な形の雨傘を差し上げて庇の深い家並の間を行く、その当時の光景は大抵想像するに難くない。
 所で一方パラソルとなるとこれは又まるで気持が違つて来る。
 これは明るく華やかで美しく、街頭を飾る装飾であり、一年々々と素晴らしい変化をしてゐる一切の時装の現象に伴つて、否、伴つてといふよりもこれ等はその最尖端を行くが如き変化を示して、持つ人の日光を避ける実用品ではなくなり、立派な一つの装身具となつた。その形状なり、色彩なり、模様なり、随分立派に美しいといへよう。然しより以上の慾をいへば、その形状も色も模様もまだ完成されたものではなく、今後もいろいろに変化すべきだらうと思ふ。
 私の今思ひ付く点を挙げれば、第一に骨数が多過ぎる。それも思ひ切り沢山あつて形が円形になる位にあれば格別、それがさうではなくて、といつて四角でも五角でもない。どつちつかずの半端もので甚だ形が面白くない。あれは思ひ切つて円か四角か五角位に出来ないものだらうか。三角形など殊によささうに思へるがこれは全部でなくともさういふ形のもあつてよいと思ふだけである。
 模様や地色は表と裏と違つてゐるのが流行のやうだが、あれは違つた方がよいやうに思ふ。しかし無地ならば別として模様ならば小さな花や草や、チラ/\した線模様などはいけない。総じて表よりも裏の方に今一段の工夫が必要である。何故ならば裏の方が直接その人の顔の背景になるからである。繊細な曲線や、飛び飛びにある花模様などでは顔は浮き出て来ない。寧ろ邪魔になる。もつと直線的な単純な大きな構図をつけないと折角の美しい顔も目茶々々になる。
 スポーツ・パラソル、散歩用ハンド・パラソル、訪問用パラソルといろ/\あるさうだが、顔の形や衣裳の色、種類等で各々適当な品の選択が要るわけである。
 今年あたりのパラソルの形は、心棒の上端や柄は勿論、全体が太くて丸くなつたやうであるが、四五年以前に時事新報の漫画で河盛久夫氏の描かれたものにパラソルのヅングリしたのを記憶してゐるが、その時の画のパラソルが実にそつくりそのまゝ今日の流行になつたのである。作者は大いに時勢を見る明があつたといはなければならない。
 所で時代の流行といふものが、スカートが短くなつた、長くなつた、半分になつた、パラソルが短いステツキの様になつた、どうなつた、かうなつたといつた所で、衣裳や装身具に関する問題で、結局人体の形態や色や模様そのものを変形するのではない。そんな外皮の事を如何に変化さして見た所でカンヂンな人間の形態そのものが変らない限り大した面白いことはない。現在の外科手術がもつと尖端的に突進して人間の形態や色彩等に新時代相を表現するやうになつたら面白いだらうと思ふ。画の方でピカソやレヂエやキリコ等の作品、アーキペンコの彫塑等参考にしたら面白い結果が得られるだらうかと思ふ。顔を真中から鼻を中心にして縦に切り左半分を捨てゝ、左の脚と右の腕とを胴体の同じ所に附ける。パラソルは三角形を横の方につける。或は膝から下の肉は削り取つて骨だけ出しておく──等といつた風にしたら真に人間が時装を間違ひなく現実に表現出来るのだが、現在のやうに身体は自然形態のまゝで放つて置いて、衣裳やパラソルばかり如何に変化さして見たところで、一向問題にするほどのこととはならないと思ふ。



初出:『週刊朝日』20巻15号(1931年10月1日)pp.80-82
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.205-208
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