古賀春江資料室

洋画家・古賀春江(1895-1933)のデータベースを制作中です。

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春の街頭

「春の街頭」といふ命題だが、春と聞いても実はまだ時々雪でも降らうといふ現在だから、今年の春は仲々寒い。しかし寒いとは言つても、季節の上からは勿論春だし、日常の生活にも充分春の気息は感ぜられる。
 室内のガラス窓から透して来る陽の明るさにも、窓枠の桟に積つてゐる埃にも、空の色は勿論、若芽には早いが冬枯の木の枝の端にも、既に暖い柔かみが窺える。
 近所を通る豆腐屋のラツパの音、挨拶し合ふ人達の声にも、明るい調子は這入つて来た。チンドン屋が此頃は急に増して来てこれには大いに悩まされるが、これが天気晴朗となると又一段と景気をつけて騒々しくやるのは困りものだ。

 街頭と言つても所謂大都会の中心地帯へ行つて見ると季節の推移の現象はこゝに一番早く現はされる。
 先づ各大商店の飾窓から歩道の装飾、舗道の人々の服装表情、それ等のものがこれは毎年季節の変り目には目立つことで、何も珍らしいこともないけれど、冬から春になる時が最も明確に判ぜられる。今年の銀座は何だか一体に騒々しい。出兵諸氏への慰問品の街頭勧誘は久しい事だがそれに続いて北東饑饉の急援〔#「急」の横に「救」〕、それから震災地救助──街頭に於けるそれ等の係りの人達の吹き上げる喇叭の大きな声、それに和して怒鳴る大声、少年までがそれ/\の印章を胸とか腕とかに附けて大人に負けず絶叫して居るのを見ると駈足で逃げ出さねばならない。云つてゐる事の如何は兎に角として、あの騒々しい叫び声には閉口である。
 銀座などはそれでなくても人の波だ。夜の街をブラブラと散歩でもする人種でない限り、友人同志でさへも話などして歩くことは出来ないのである。あの騒然たる雑踏に春夏秋冬の区別はない。たゞ外形の一部分だけが変貌するのみである。
 しかし同じ舗道と言つても静かな所も所に依つては無いことはない。そんな所を通る時には一寸安心して気持ちよく歩かれる。どうかすると歩道で行き逢つた人がゆつくり立ち話の出来る街もある。普通の電車通りで円タクは勿論駈つてゐるし並木もあるといふやうな所で、陽当りの好い通りで店頭へ出で犬の頭でも撫でゝゐると近所の子供達が持つてゐるせんべいでもやつてゐる、暗い店先からわざわざ歩道まで出て立ちながら新聞を読んでゐる──そんな街ならば春先の風景としてもそれらしい長閑さが見えるものである。そんな一寸散歩でも出来る街、さういふ街には春先きになると用も無い時でもたゞ通つて見たい事もある。
 たゞ何所へ行つても大概の通りにはカフエーとか喫茶店とかいふ店が激増して、同じやうな蓄音器をガア/\鳴らしてゐる。これ如何ともしかたのないことで、孰れにした所で春は朗らかに、殊に美人は妖艶さを増すと決つてゐるものださうだから、少し位の騒々しさは我慢しなくてはなるまい。



初出:『美之國』9巻4号(1933年4月)pp.52-53
底本:古賀春江文集『写実と空想』(中央公論美術出版)p.217-218
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